■守様が宮ノ杜家で一緒に住むようになった頃の話
■上記設定のくせに作者、未だキネモザプレイ途中です(え)
■その為、「ん?」という部分も出てくるかと思われますが、その辺りはスルーで
■初っ端から「オイオイ」なストーリーですが、しっかりドタバタギャグ話です
■あと長いです~!
■差別的発言に関してはこのゲーム内の時代設定ということでご容赦ください
■上記了承してくださった方はどうぞご覧くださいませ


宮ノ杜家五男、宮ノ杜博は只今ものすごく気が動転していた。

わずかなドアの隙間。そこから四つ上の兄、進の部屋を覗き込む。
別に覗きが趣味なわけではない。
ノックしようと拳を握ったら、部屋のドアが微かに開いていたのだ。

なぁんだ、進、いるんじゃん!
忍び込んで驚かしちゃおっかな~
でへへへ~(゜ー゜)

で。
行動に移した所で最初の一文に至るわけである。

博はにまにましながら、進の様子を探ってみる。
進はベッドの上にいた。が、くつろいでいるわけではなかった。
仰向けになる彼の上には、どういうわけか男がいた。しかも男は左手で彼の右肩を押さえつけ、右手で左手首を掴み上げている。進は両手の自由を奪われていた。
さらに腹部には男の片膝が乗っかっている。
博のいる場所からは、進の表情までは見えないが、どうやら進は男に――というか守に押し倒されているようなのだ。
どういう経緯でそうなったのか、はたまた合意の上で、しかも日常的にそういう行為に及んでいるのかはわからない。
だが今、博の目に叩きつけられたのは、禁断の世界と呼ぶに相応しい現実であった。

でーーーーーーーーーーーーーーっ!
ど、ど、ど、ど、どっ、どうしよう……!!

驚愕の兄弟間でのそーいう関係。そしてその最中。
博は反射的に自身の口を押さえた。そうしていないと声、白い泡、その他諸々が勢いよく噴き出してきそうなのだ。
どうにかこうにかそれらの出口を封じたものの、今度は眩暈が襲ってくる。
とりあえず倒れちゃって、さっき見たことは夢でした、なんていいなぁ…と、博は夢オチを願ってみたものの、残念なことに意識を失う程ではない。
彼はよろよろと数歩下がり、中の様子が目に入らない位置に立った。
そして必死に考える。
今日は運悪くも日曜日。
ここでもし自分が大声を上げようものなら、はす向かいの自室にいる兄弟がやってくるのは必至。
しかも勇なんかがやってくれば、刀を抜いてものすごい騒ぎに発展しそうである。
そうなると、もう、てんやわんやの大騒動で、父・玄一郎の耳にもものすごい早さで伝わり、いろいろと面倒なことになるだろう。

よしっ!

数十秒の後、博は走り出していた。
こういうことに強そうな(あくまで博の勝手なイメージ)茂の部屋へと向かって。
まぁすぐそこなんだけど。


ドンドンッ!

今度こそ博はノックした。
もうあんなのは御免である。

「はいはい、いるってば~!そんなに乱暴にノックしなくても聞こえて…うをっ!」
茂がドアを開けるのと同時に、博は兄の部屋へと飛び込んだ。そして勢いそのままにドアノブを引っ掴み自身へと引き寄せる。
分厚い扉が、博の背後で大きな音をたてていた。
「ちょ、博!って…な、何かあったのかい?」
真っ青な顔の博を覗き込む茂。
「うん……」
博は、勢いそのままにここに来たものの、先ほど見た例の件を、茂に話していいものかどうか躊躇していた。
だが、ここはあの玄一郎を当主とする宮ノ杜家。いずれ皆には知られてしまうことだろう。
それだったら大事になる前に、自分達でなんとかした方がいい。
できるかどうかはわからないけど…と結論付ける。
すくっと顔を上げ、茂の目をじっと見た。
「な、なんだい……」
後ずさる茂。
博から、何か只ならぬオーラのようなものが発せられている。
「あ、あのさ…み、耳貸してよ!耳!」
「……はぁ?耳って、ここには俺と博しかいないじゃない」
「いーから早く!」
変な子だねぇ、と呟いて茂は博の元へと体を寄せる。
そして茂の耳に、例の情報が突入したと同時だった。
「なんじゃそりゃーーーーーー!」の言葉が茂の部屋に木霊していた。


禁断の園――
ではなく、実際は、守の背後に進が急に立ったことにより、暗殺者でもある守が警戒した故に起こした行動で、あんなことになってしまっていた宮ノ杜進の部屋にて。

「す、すまん……」
慌てて身を起こす守。
彼に続いて進ものろのろと起き上がる。それからわずかに目を細め、皮肉混じりに呟いた
「いえ、自分も迂闊でした。そういう過去が、おありなんでしたよね…」と。

守の過去――
宮ノ杜家への復讐のためだけに生きてきた男。
実の兄弟である、進たちの命を狙ったこともあった。もちろん、父も……

進は、守の置かれた境遇に同情する気持ちはあったが、血の繋がった家族を手にかけようとするその行動は理解できなかった。
殺したところで何になる?
自分に何か得るものがあるのか?
宮ノ杜の血を引きながらもこの家に縛られることはない――それでいいではないか
だからこそ、兄は小説家という自由な発想を求められる道を歩めたのだろう、そう思っていた。

「ふん、なかなか癖は抜けぬようでな…」
守は鼻で笑って、床に転がっていた本を拾い上げた。そして例のものだ、と進へと差し出す。
それを視界に捉えた進の目の色は、ものすごい速さで変化していた。それは、まるで子供がお気に入りの玩具をプレゼントされたときのようで、声にもそれがよく現れていた。
「ありがとうございます!御杜さんの新刊、楽しみにしていたんですよ!…あっ!そうだ!約束どおりサインもいれてくださいましたか?」
「き、貴様がそう望んでいたのだから……し、仕方なくだ!」
その言葉を聞くや否や進はすぐさま受け取った本の表紙を開いた。見返しの部分には、楷書体で”御杜守”と名が記されてあった。
それを目にし、進はもう一度感謝を伝えるとさっそく頁をめくるのだった。


茂の部屋には、正、勇、雅も集まっていた。
博から例の報告を受け、事態を重く見た(というのは表向きであって、実は内心すごく楽しんでいる)茂は、結局他の兄弟たちへばらす相談することにしたのであった。

雅「それってどーいうこと?」
正「どうもこうも、進と御杜がデキているという話だろうが…」
茂「正兄さん!もうちょっと言い方考えなよ!」
勇「本当のことであろうが!」
博「ねぇ、これって大問題じゃない?」
正「だろうな」
茂「血の繋がった兄弟だからね。今じゃ、一応家族なわけだし…」
雅「っていうかさ、進、御杜の本が好きなんでしょ?一種の憧れみたいなものなんじゃないの?」
茂「だとしたら、進が守くんの上になるんじゃない?勢いあまって押し倒したーみたいな感じでさっ♪」
博「で、でもおれが見たのって、守が上に乗っかってたんだよ!となると……」
茂「守くんの片想いのパターンと、両想いの二通りかー、んふふっ」
勇「揚羽!何を悠長に笑っている!これは宮ノ杜家始まって以来の忌々しき事態であろうが!」
茂「ちょっと!今その名で呼ばないでよ!…っていうかさ、勇兄さん?そっちの世界でもこういう人って多いって聞くけど?」
博「……っ!そーなの!?」
雅「まぁ、男だけの世界なわけだしね」
正「ま、まさか大佐も…なのか」
勇「戯けたことを!俺は斯様な世界に足を踏み入れたことなどないわっ!」
雅「そんなに怒鳴る必要はないんじゃないの?あ。もしかして隠してた異常性癖がバレて慌ててるの?」
茂「まぁ、別にいいんじゃない?同性を好きでも、さ」
勇「……!」
博「どーりで結婚しないわけだ…あ、もしかして正もなの?」
正「なんだとっ!私は至って正常だ!」
雅「ふーん、そんなにムキになるなんて何かあるのかなぁ?怪しいね……」
正「……!」
茂「もう。異常、正常じゃなくて、好きになったら男だったってだけでしょ」
雅「茂?お前、さっきから必要以上に進たちの肩持ってるけど、なに、経験あるの?あぁ、だからあんな格好してるのか…」
茂「……!好きに判断するといいよ」
雅「じゃあ、正、勇、茂、進、守は男色家ってこと?すごいね、呪われてるのかなぁ、この家は」
勇「…クッ!言わせておけば、貴様!」
博「い、勇!ちょ、ちょい待ちっ!あ゛ーっ、もうっ!正に茂も、何とかしてよ!」

雅に掴みかかろうとする勇。それを博一人が諌めている。
名を呼ばれた正と茂は、そのやり取りをただ傍観してるだけであった。
勇のように反論、反撃をしたい気持ちはあった。しかし、どうせ何か言ったところで雅のこと――なんだかんだと揚げ足を取られた挙句、さらにこちらに毒づいてくるのは目に見えている。ならば言わぬ、騒がぬが得策と考えたのだ。

「助けてー、進ー!」
そうヒーロー登場を願ったものの、半べそ状態の博なんて何処吹く風な進は、御杜の本に夢中になっているのであった。

「こいつは大変なことを聞いちまった…」
頭上のハンチング帽に手を当て、どうしたものかと頭を悩ませているのは有田喜助。職業、情報屋であった。
そんな彼がたまたま通りがかった茂の部屋。
耳を済ませなくとも聞こえてきたのは博、雅以外は男色家という衝撃の事実。
「縁談を断ってきた理由はそーいうことですかい…」

「喜助?それはどういうことだ?」

呟いたタイミングが悪かった。
数歩先に、宮ノ杜家当主の姿があった。その後ろには笑顔の加賀野もいる。
「あっ、いやぁ、あっしはただ…」
「早速、その情報、買わせてもらうことにしようかの…」
淡々と命ずる玄一郎の言葉に、拒絶の二文字は通用しそうになかった。


喜助は玄一郎の書斎に通されていた。
玄一郎は立派な椅子に腰をかけ、喜助の情報に耳を傾けている。

「ふむ、ご苦労であった…」
玄一郎は頷いた。
それが合図なのか、横で待機していた加賀野は自身の懐からスッと封筒を取り出す。情報料らしい。
「有難く頂戴しやす…」
喜助はハンチング帽を取り一礼し、厚みのあるそれを受け取った。
一刻も早くこの場を立ち去りたいこの男。いつもなら世間話なんぞする余裕もあるが今はない。逃げるようにして部屋を後にした。
些か不審な点のある、そんな情報屋を見送った後、加賀野が訊ねた。
「玄一郎様、いかがなさるおつもりで?」
「噂が広まっても困るのでな…その前に手を打つべきであろうな……」
「と、言いますと?」
「形だけの縁談の後、すぐさま祝言を上げれば良い」
「は、そうしましたら急ぎ手配致しましょう」
玄一郎の指示に応えるべく、下がろうとする平助。
が「待て……」の声がかかる。
「まずは進と御杜。その二人でよい」
「その他のご兄弟は宜しいので?」
「とりあえず連中の行動を見てみたいのでな、二人だけで構わぬ」

水面下ではこんなやり取りが行われていることなんて露ほども知らぬ宮ノ杜のご子息’s。
当主の口から名前の挙がった進と御杜はこの局面をどのように乗り越えていくのか…語るも涙、聞くも涙のこの話。
これには隠された素晴らしい兄弟愛があったのです……


夕食の時間になった。
テーブルには、本日も豪華な食事がずらりと並べられてある。

突然玄一郎が口を開いた。
「…お前たちに縁談が来ているのだが?」
「え、縁談ですと?」
「父上、自分にはまだ早いかと思われますが」
真っ先に声を上げたのは長兄・正、それに続くは勇だった。
「まぁ、待て……」
二人を制止する玄一郎が続ける
「進、御杜、お前たちにだ」
「なっ…!」
その当主の言葉に、いの一番反応したのは名を呼ばれた本人ではなく茂であった。
博もひどく驚いたような顔をして玄一郎に目をやっている。

バレた、のか……?

茂が横に目をやると不安げな博の視線とぶつかった。
「なんだ、茂?お前も結婚したくなったか」
「そ、そうじゃなくてさ、なんでその二人なのかなって…」
「なに、そろそろ頃合かと思うてな…」
「頃合?本当にそうなの?」
雅が白いナプキンで口を拭いながら玄一郎に疑問をぶつける。
が、玄一郎は彼の言葉に首を捻るだけであった。
「雅、何の話だ?」

こいつ、実は知らないの……?
でもタイミング良すぎでしょ……
まあ、どちらでもいいか

「明らかに適齢期過ぎた人間もいるよねぇ、ここに。どうして――」
正、勇の顔を交互に見ては不審がる雅の言葉を遮るように進が割って入る。まぁ、当の本人。一番慌てていた。
「と、父さん!自分にはまだ早いかと……」
「フン、貴様の指図など俺は受けん!」息巻く守の姿もあった。
「お前たちがいくら反論しようと決まったことだ。縁談は形だけ。すでに挙式の日取りも決めてある。ちなみに縁談は来週の日曜だ」
そう言って玄一郎は席を立ち、部屋を出て行ってしまった。
「クソッ、なんなんだ!」
守の声が、ただ虚しく食堂の中に響いていた。


場所は変わって茂の部屋。
誰が声をかけるわけでもなく、皆が自然とここへ集まっていた。
縁談を告げられた二人の兄弟を除く、ではあるが。

雅「あれは絶対知ってるって」
茂「間違いないよね、アレは」
博「どうするのー?」
正「どうもこうもできんだろうが!当主があぁ言っているんだぞ!」
博「そうだけどさー、でも……」
茂「でも、なんだい?」
博「こういうのってよくある話じゃん、ほら…」
勇「どういう意味だ?」
博「仲を引き裂かれた二人がさ、その…一緒に身投げしちゃう話……」
博は心中する二人の様子を思い浮かべ、ぶるりと身震いした。
例の現場を目撃したあの瞬間も寒気がしたが、もうそんな過去はどうでもいい。
二人が、というよりも進が思いつめて命を絶ってしまう、そんな悲しい現実だけはなんとしてでも避けたい。
茂「確かにあるよね、そーいうの。静子さんにも聞いたことあるなぁ…」
正「ふむ。博の言うことにも一理あるかもしれんな…」
博「でしょ……」
勇「その可能性も無きにしも非ず…か」
雅「二人が自殺するってこと?いいんじゃない、当主の座を狙う人間が減るわけだし」
博「お、おれ、そんなの嫌だよ!ま、守は…ど、どうでもいいけどさ……」
茂「俺だって嫌だけどさ、でも、どうしたら……あ!」

茂は懐に忍ばせてあった扇子を取り出すと、優雅な手付きで要を持った。
そして素早く上方に向け、片目をぱちっと閉じると、もったいぶる様に口を開いた。
「この…茂兄さんが人肌脱ごうじゃない!」
架空の1カメに向かっての決めポーズだったらしい。とりあえずビシッと決まったということにしておこう。


「いやぁ、昨日は参っちまったぜ……」
宮ノ杜の屋敷の前に喜助の姿があった。

空には雲一つない、いい天気だった。
太陽の光りが容赦なく地上へと降り注いでいる。

それとは真逆の心持ちの男は、はるの前にゆらりと立っていた。

「あ、喜助さん!」
「よぉ、おはるちゃん」
「何か悩みごとですか?すごく深刻そうな顔、されてますけど…」
「あぁ、いやぁ…何でもねぇよ」言って力なく手を振る喜助。
宮ノ杜家の玄関を手馴れた具合で掃除するはるの背を見送って、喜助は大きな扉を開いた。
玄一郎の部屋へと向かう途中、昨日のやり取りを思い出す。

「息子たちが縁談せぬ理由とは、喜助?何を耳にした?」
「へぇ…それがですね……」

喜助は躊躇った。
あなたの息子たちは”男が好きだ”と、ストレートに伝えてよいものか……
玄一郎様なら「そんなこと他愛のない」と流すような気もしていた。
だが博様、雅様以外の五兄弟がそうだという現実を知らせても、胸中平穏無事でいられるもんか……
考えた末、喜助が口にしたのは

「博様と雅様以外のご兄弟は、女子の…その、は、裸を見ても欲情しないそうです」

だった。
あながち嘘ではないだろう。
同性が好きなのだから、恐らくそうに違いないという予測を、彼は述べたのであった。
事実ではなく、推測を伝えるというのは情報屋としてあるまじき行為かもしれない。が、宮ノ杜玄一郎の裏の顔を知っている喜助は、ありのままを伝えることで、玄一郎が自分の息子達に危害を加える可能性もある。それを心配したのだ。

「それは男として不能ということか」
「へぇ、そういうことのようです」

まぁ、宮ノ杜っていう肩書きがあるんだから先方さんも縁談には飛びついてくる。
男色家って事実も黙っておけば傍からじゃあわからない。
子が出来ない理由はどうとでもなる。養子を迎えたっていい…
玄一郎様は、よくない噂が立つことを一番嫌がるだろうから、これで良かったに違いねぇ。
けど、勇様が男色ってぇのは意外……
……!
ってぇことは、俺も対象内だったりしちまうのか…?
いやいやいやいや!それはあり得ねぇ…

「喜助、待っていたよ」
自分の名を呼ぶ声で喜助は我に返る。慌てて声のした方を振り返った。加賀野だった。
「顔色が悪いようだが、どうかしたのかね?」
「い、いえ、ちょいと考え事を……」
「……?さ、玄一郎様がお待ちだ」
昨日のことか…と少し気の重い喜助だったが、先の一件とは全く関係のない情報収集の依頼であった。
喜助はホッと胸を撫で下ろしていた。


「進…?もしかして好きな子でもいるのかい?」
「な、なんですか!急に!」

場所は進の部屋。
夕食の後、「一杯どうだい?」と酒を片手にやってきた茂。
いうまでもなく、守との関係を聞き出すのが目的であった。

「昨日の縁談さ、断ってたじゃない」
「あれは……」
「いつものこと、でしょ?」
ハハ…と乾いた笑いをこぼしながら、進は頬を掻いた。
そして少し赤くなりながら口を開く。
「じ、自分は、好きな人と添い遂げるということがとても素晴らしいことのように思えてきまして…」

す、好きな人ぉっ!?
ちょっ、な、直球キタよーーーー!
ま、待って!兄さん心の準備ができてないからっっ!!

年頃の女学生が、友人のコイバナに花を咲かせているかのような盛り上がりである。
とはいってもアドレナリンを大量放出させているのは茂一人だけであったが。

「えっと…最近読んだ本の請け売りではありますが……」
言って進が手にしたのは御杜守先生の、まだ発売されていない、しかも”サイン入り”本だった。
「以前は、全て父さんに決められた通り生きていくものだと考えていたのですが…」
進が熱く語り始める一方、茂の頭の中は”守くんのことね!”の一色であった。弟の話を全く聞いていない。
「ここの頁なんですが…」
そう言ってめくった本の見返し部分には”御杜守”の名前。
茂はそれを見過ごさなかった。
そして進の頬に更なる朱が差すことも。

あ……
茂兄さん、今の、御杜さんのサイン見たかな。
うーん、大の大人が変だったかなぁ… 

お気にいりの頁を探しながら、進がソロリと兄の様子を伺うと、茂の姿はなかった。
「あ、れ……?茂兄さん?」


「ちょ、ちょっとアレは本気だったってば!一時の気の迷いとかじゃないから!」

本日も茂の部屋には皆が集まっていた。
『進と御杜守を今後どうすべきか』の集いである。
余計なお世話だろというツッコミは各々心中でのみ、お願いします。

雅「茂、お前が偵察部隊だったよね?で、何を掴んだの?」
博「あー、やっぱり黒かぁ…俺の勘違いであることを願ってたのに…」
正「えぇい、じれったい!さっさと話せ!進が言ったのか?御杜が、その…好きだと?」
  茂が大きなため息を一つついて口を開く。
茂「はぁ…それが好き以上よ。結婚したいとまで言ってた」
勇「なに?そこまで惚れていたとは…あやつらいつの間に…」
雅「うっわ、気持ちわるっ!僕、明日から二人の顔まともに見れないんだけど」
博「守は?アイツにも聞いてみるの?」
茂「んー話、聞いてみようとも思ったんだけどさ、案外鋭いでしょ、守くん。だから下手に動いて、次の日水死体が2体……なんてのも嫌だからさ、とりあえず進だけでいいかなって思って」
正「で、どうするつもりだ?お前はいい案があるとか言っていたが……」
茂「あーうん。俺の指示通りに動いてくれたら何とかなるって」
正「な、何とか…か」

不安がる正の予想通り、茂はまだ中途半端なアイデアしか思い付いていなかった。
ある程度枠組みは出来上がっているのだが不鮮明な部分もある。完全犯罪を成立させるにはもう少し頭を捻る必要があった。
「うーん。兄も楽じゃないよねぇ」と茂が呟いた所で今日はお開きとなった。     

『進と御杜守を今後どうすべきか』の集い、開催中同時刻。
場所、玄一郎の部屋。

「あぁ、その…英吉利の薬を……あぁ、一週間以内に…頼んだぞ」
部屋の明かりも点けぬまま、玄一郎は何やら自室で話し込んでいた。
受話器を置き、一息つく。
「しかし、私の息子でありながら不甲斐ないヤツらだ…。私の手を煩わせおって。まぁ、よい…これで宮ノ杜の名が傷付くことなく、片が付く……」
「玄一郎様。手配は無事、整われましたか?」
控えていた加賀野が声をかける。
「ふん、明日にでも直に持って寄越すそうだ、中身がなんであるかはわからぬようにな…」
「左様でございますか」

「………!」

な、なんだって!?薬で片を付ける…ってぇと、まさか…ど、毒薬!?となると、玄一郎様は例の話を知っちまったってこと、か……

盗み聞きするのが趣味なのかと問いたくなるこの男は有田喜助。まぁ職業柄そうなるのかもしれないが。
雇い主に調査報告に来た所だったものの、ドアの向こうで繰り広げられるは危険な会話。
それをしっかりと小耳に挟んでしまったため、彼は広い廊下をくるりと引き返していた。

けど報告した数は五人――
五人全員共殺しちまったりするのか?だとして、見合いをさせる必要は……

「っ!」
ゴンッと派手な音が廊下に響いた。
喜助の前には、肩を押さえている茂がいる。
「いったぁ…」
「うわぁぁぁ!すいやせん、茂様っ!ちょいと考えごとをしてまして…。どこか痛めちまったりしてませんか!」
喜助の慌て振りに茂は苦笑いして言う。
「平気だよ。こっちこそ前、ちゃんと見てなかったわ、ごめんね~」
「ほ、本当にすいやせんでした!」
「じゃ、そういうことで~」
右手を軽く左右に振って去っていく茂の背に喜助の声が飛んだ。
「茂様!急ぎ、大事な話があるんですが…」


二人の姿は志栄堂パーラーにあった。
屋敷だと…ということで、茂の運転する車に喜助が同乗して銀座へとやってきたのであった。
注文したアイスクリィムソォダが二人の喉を通ることはなく、飾りもののようにテーブルの隅に置かれてある。

「…で。何だい?話って?」
茂が切り出した。
「その…お、俺が玄一郎様に話しちまったんです!申し訳ありやせん!」
喜助の謝罪に一瞬目を丸くした茂だったが、特に驚いている様子はなかった。
「あぁ、喜助だったんだ…。じゃあ父さんは二人が愛し合ってること、知ってるんだね?」
「……へ?ふ、二人?」
予期していたものとは別の言葉の登場に、今度は喜助が目を丸くした。
「愛し、合ってんですかい?え、誰と誰がですかい…?」
「進と守くんでしょ?」
「えーーーーーーー!そ、そ、そぃつは本当ですかい!?」
喜助はテーブルに両手をつき、尻を突き出すよう格好で身を乗り出した。
その勢いが強すぎたためか、今しがた彼の座っていたイスが後ろにひっくり返っている。
「ちょ、何を驚いてるんだい?君が父さんに話たんだろう?」
「い、いや、あの俺は…」
イスを元に戻し、躊躇いがちに喜助が言う。
「その…博様、雅様を除くご兄弟が男色だと聞きまして……」
「な、な、な、なんだってぇぇぇぇぇ!!!!!」
ガタガタッと、今度は茂のイスがひっくり返った
「ちょっと君ねぇ!仮にも情報屋やってんだったら、事実を仕入れるのが筋ってもんでしょうがぁ!」
喜助の肩を揺さぶりながら、茂が声を荒らげる。
「ということは、何かい!父さんは俺を含む五人がそっちの気がある人って思ってるわけかい!?」
「あ、いや、あ…そ、そいつがちょ、ちょいと違い、まして…は、離してく…だせ…しげ、様……」
「え、違うの?」
違うという言葉を聞き、ようやく茂は喜助の肩から手を離した。
そして倒れた椅子を戻し、深く、しっかりと着座してから訊ねた。
「なんて言ったんだい?」
乱れた着物を整えながら喜助が答える。
「えーと、男色とはいえず、不能と言っちまいまして…」
「な、な、な、ちょ!ますます事が大きくなってんじゃない!兄さんたちのはどうか知らないけど、俺のはちゃんと機能してるんだけどなんなら今、証明しようか!?」
「い、いえ!だ、大丈夫ですからっ!」
今まさに着物に手をかけようとする茂の立証を慌てて喜助が食い止める。
生憎、店内が騒がしかったため、二人の会話が周囲の者の耳に触れることはなかったのは幸いであっただろう。

「それじゃあ、情報を整理させてもらうよ」
「へ、へい…」

喜助が何故、偽の情報を掴んでしまったのか。また、仕入れた情報をどうして歪曲して報告してしまったのか。全ては宮ノ杜家の兄弟を思う気持ちからであったことを知り、茂はどうにか冷静さを取り戻していた。
「それで、父さんが縁談を急いでいるわけか…けど、どうしてあの二人に……」

「申し訳御座いませんが、宮ノ杜様…」
「え?なんだい?」
見ると給仕姿の女性二人と、いかにも高級そうなスーツを纏った男性がテーブルの脇に立っていた。
茂に向かって申し訳なさげに頭を下げている。
「閉店のお時間が…」
「あ、そうなんだ!っと、ごめんね。あ、俺、静子さんちに行かないと!」
「し、茂様ぁ!」
肝心要の毒薬の話は伝えられずじまいで、茂は去っていってしまった。
「っと、お代お代っと…」
少々苛立ち気味の店員の視線を一身に受けながら喜助は志栄堂パーラーを後にした。
街の灯りに負けないくらい、空の星はキラキラと輝いていた。


翌日、喜助ははるに茂宛の文を託した。
はるが戸惑う程辺りを警戒し、それを手渡した。また、はるに対しても、その手紙を渡すところを誰にも見られぬよう十分注意してほしいとお願いした。
ただ、事は一刻を争う。
喜助は、兎にも角にも毒薬の話をしなかった昨日の自分の行動を恨めしく思ったが、過去のことを言っても始まらない。
まずは”命を狙われている”それを伝えることが先決であった。
ラッキーだったのは、はるが兄弟の部屋の周辺の掃除を任されていたことだった。
それなら、茂が起きてくる時間帯に偶然を装って掃除をするなんてことも可能だろう。
元々は千富に頼もうかとも考えた。が、彼女の性格、また立場からして封筒の中身を確認する可能性が高い。
もちろん口外したりはしないだろうけれど……

「無理言って本当にすまねぇ!とにかく頼んだぜ!」
ハンチング帽にそっと手をあて、喜助は軽く頭を下げた。
玄一郎の依頼もないのに、そう何度も屋敷を出入りしていれば不審がられることだろう。
苦肉の策で、使用人のはるに依頼したのだった。
おはるちゃんなら、きっとこの依頼を達成してくれる……
根拠はないが、なぜかそう思ってしまう。
そしてその期待通り、無事、その手紙は茂の元へと渡っていた。

「一体何かねぇ…あぁ、ねむ……」
封筒の表書きに”自室にてお一人でお読みください”と書かれてあったので茂はそれに従った。
ただ、さっき起きたばかりなものだから、まだ少し眠くもあり気だるくもあった。が、喜助が文を
寄越すなんてよほどのことが書かれてあるのだろう。
欠伸と共に出てくる涙を、人差し指でこすりながら茂はそれに目を通した。

え…
嘘、だろ……

そうひちりごちたあとの、彼の行動は素早かった。
お気に入りのスーツに袖を通し、髪を結い上げ身なりを整えた。
近くにいた使用人をつかまえ、すぐに玄関前まで車を回してもらうよう手配もした。

息子の命まではとらないよねぇ、ふつう……

が、ここは宮ノ杜家。世の中の普通じゃないことがこの家にはたくさんあった。
茂は車を飛ばし、ある場所へと向かった。


「珍しいこともあるものだな。で、お前が何の用だ?」
「そんな言い方ないでしょ、正兄さん!」

茂は、正が頭取を務める宮ノ杜銀行へと足を運んでいた。
来客の予定もなかったのか、はたまた頭取の兄弟だからという理由なのかはわからないが、茂はすぐに頭取室へと案内された。
思わぬ来訪者に、正は一瞬ぽかんとしていたが、軽くあごをしゃくり、その視線の先にあったソファへと茂を促した。
正は既に、向かい側のソファに体を預けている。
「俺だってさ~、こんなカタイ雰囲気の所来たくはないけど……」
「例の二人のこと、か」
ソファに腰をおろす茂の言葉に正が続けた。
まぁ、大方予想はついている。
茂もこくりと頷いた。
「あ。それで…」
ん?と正が顔を上げたと同時だった。
茂が言った。
「俺たち命狙われてるって」
「い、命だと!?」
そんな言葉は全くの想定外であった。
そしてそれははっきりと正の顔に表れていた。
例の二人と自分たちの命。これらがどう繋がるというのか――
“俺たち”ということは今しがた、それを伝えた目の前にいる弟も同類のはずなのに、何故かケロリとしている。
ますますワケがわからない。
「とにかく、わかるように説明してくれ……」
眼鏡の両レンズを支えるブリッジの部分をくっと押し上げ正が言った。

「――というわけさ」

昨日のパーラーの一件に始まり、今朝貰った喜助からの手紙の内容も事細かに茂は伝えた。
が、その説明に正は首を傾げている。
「そういう理由だけで当主は我々を殺すか?」
「そこなんだよね~、だから俺。思ったんだけどさ…」
「なんだ?」
「当主は知ったんだよ。二人の関係を」
”二人の…”の部分を殊更強調して茂が言った。
「だから、殺すつもりでいるのは進と守くんの二人だと思う」
「まぁそう考えるのが自然だろうな」
正も頷いている。
「だとして、見合いをさせる理由はなんだ?」
「そんなの簡単だよ。この家では殺さないからさ。滋養強壮・精力増強だとかウマイこと言って先方さんに飲ませてもらう寸法ってわけ」
「だが、他に確実な方法もあるだろうが」
手渡した薬を飲ませない可能性だってある、と正が疑問をぶつける。確かにそうだ。
だが、その言葉を茂は瞬時に否定した。
「親から直接渡された薬だよ。それにどこの家だって跡継ぎを望んでる。だからさっき言ったような効能の薬なら、喜んで飲ませるんじゃない?」
それにね、と茂が不気味に微笑んで言う。
「今じゃ、薬の成分が体内には残らない毒薬、なんてのもあるらしいよ……」
芸者をしている茂にはいろいろな情報が入ってくる。
もちろん、これも以前『やす田』に来た客が話していたことだ。
「で、どうする気だ」
「当主が死んでほしいっていうなら、死んだってことにすればいいんじゃない?」

その後、茂は二人を助けるための案を正へと提案した。
そのアイデアを聞いた当初は、少し渋っていた正も「自分たちの手で、当主の座を狙うライバル二人を減らせるんだからいいんじゃない」の言葉で腹を括ったらしい。その作戦に協力することにしたのだった。
見合いの日まで時間もなかったし。


「千富、話があるのだが……」

正が声をかけたのは、茂が銀行へと現れたその日の夜だった。
千富は「はい」と返事をし、正の部屋へと入っていった。

ちょうどその頃、茂の部屋では『進と御杜守を今後どうすべきか』の集いが行われていた。

「父さんさ、二人を殺すつもりらしいよ」
喜助との一件は省いて、茂は要点のみを皆に告げた。

博「え…嘘でしょ……」
雅「それ、確かなの?」
茂「喜助からの情報。恐らくホントだよ、これ」
勇「父上もアレには我慢ならなかったと見えるな……」

言って勇が鼻をならしている。
案の定、博はひどくうろたえていた。
雅の感情は読めないが、そうはさせないよう思案しているようだった。
二人の為、というよりも当主の思惑通りに事が運ぶのが嫌なのだろう。
勇は当主の椅子を狙うものが二人も減り、嬉しいようではあった。が、そのような戦線離脱をよしとしないのか、不快感も見せている。

「それで、皆に協力してもらいたいんだけど……」

茂が自身の案を提案している頃、正の部屋。

「――というわけだ。千富。協力してもらえるか」
静かに正が言った。
「二人のお気持ちは全く存じ上げませんでしたけど、そういうことでしたらお手伝いさせてもらいますわ」

こちらも無事に話がまとまっていた。


明くる次の日の朝。
玄一郎は朝から地方へと出かけていった。加賀野も一緒である。これは幸いだった。
しかも土曜の夜まで帰ってこないらしい。

「よし、これで父さんの部屋に…っと」
しんと静まりかえる廊下に、ガチャリと鍵の開く音が響いた。
茂の手元には父の書斎の鍵が握られてある。千富に借りたものだった。
普通、子供が父親の部屋に入るのに、特別な許可などいらないだろうが、玄一郎は違っていた。
自分がOKを出した者以外の室内への出入りを許さないのである。

ホント
面倒くさい父親だよ……

そう心の中で悪態をついてから茂は玄一郎の部屋へと足を踏み入れた。
急ぎ、例の物を探す。
千富に確認したところ、昨日、玄一郎の下をある一人の男が訪ねてきたそうだ。
しかも手には何やら荷を持っていたが、男が帰るときにはその荷は消えていたらしい。
そして昨日の来客はその男ただ一人。
喜助も昨日、薬が運ばれてくると文に認めていた。
間違いない。その男が持参したものこそ例の”毒薬”であろう。
部屋の中をキョロキョロと見渡してみる。
それはあった。玄一郎の机の上に。
特に隠されるようなこともなく、蓋のない木箱に収められていた。
が、思っていたよりも数が多い。2×5列に仕切られた木箱にはその仕切られた空間と同数の小瓶が10本入っていた。
しかも二箱もある。

これが毒薬、か……

ぼそりと呟いて、茂はそれらを持ち上げた。
瓶のサイズが小さいこともあり、二箱とも一遍に運べそうである。
部屋を出ると、心配そうに茂を見つめる千富が立っていた。彼女は両手の塞がる茂の代わりに玄一郎の書斎のドアを閉め、鍵をかけてくれた。
「助かるわ~」
明るい調子で茂は言った。
そんな彼の少し後ろに千富は立つと茂に続いて歩き始める。
茂の部屋へ向かうのに、まだいくつものドアがある。それらに対処してくれるらしかった。
こうして木箱に入った”毒薬”は無事、茂の部屋へと運ばれたのであった。

茂は皆の帰ってくる夕方を待った。皆が帰ってきて、次の行動に移るためである。


「これが毒薬か~、ちょっとドキドキするね」

本日の『進と御杜守を……(長いので略)』の集いは博専用部屋・実験室にて行われていた。
皆が毒薬を前にして息を呑んでいるというのに、博はそれを持ち上げ揺すってまでいた。
博は作業台の前に座っていた。他の者は少し離れた所で固まって話をしている。

雅「あの毒薬入りの小瓶と、見た目は同じ全くの別物を用意すればいいんだね」
茂「そ。他のものとすり返ちゃえば安心でしょ」
雅「下剤でも詰めとけば?その中身を知った時の父様の顔、きっと面白いと思うよ」
茂「あ。それいいかも~♪」
正「何を楽しそうにしている!…ん?あの瓶は……」
  博の手に揺れる小瓶をジッと見つめる正。
勇「何か知っておるのか」
正「あぁ、ウチの行員が飲んでいるのを見かけたことがある」
雅「……?その辺で手に入れられるってこと?」
正「確か、疲労回復に効果があるとか言っていたが……」
茂「なるほどね。先方さんも怪しむことなくこの薬を受け取るってわけか」
雅「まぁ、あまり見かけない瓶よりマシかもね」

雅が言ったその時だった。
「あ」という声がした。
まさかと思い、皆が一斉に振り向く。
と、博が「でへへへ~ 落っことしちゃった」と笑っていた。
視線を少しずらせば、彼の親指と人差し指の間にあるのは瓶蓋のコルクのみで、そのコルクが刺さっていた瓶は作業台の上をコロコロと転がっていた。中身をぶちまけながら。
「ひ、博!だ、大丈夫かいっ!?」
茂に続いて皆が博の下へと駆け寄ろうとした。
が、勇がそれを押し止める。
「おい、下がれ」
「い、勇兄さん、何の真似よ」
「どのような毒かわかるまで危険であろう。まずはこの俺が検分する!」
「お前にわかるの?」
勇の前に雅が立った。
お前じゃ役不足と言いたそうでもある。
「貴様らよりは役に立つのではないか」
そう言って博までも隅に追いやって、勇は一人、その”毒薬”と目されるそれに近づいた。
「ふむ……。これは……」
液体は麦茶のような色をしていた。そして甘い独特な匂いを発していた。
「大佐、何かわかったのか」
「そうすぐにわかるわけなかろうが!」正の問いに、勇の間髪いれずの返答。
それを聞いて「ダメだね」と、今度は雅が毒薬に近づいた。
勇よりはこっちに精通している。雅には自信があった。
が、それに近づいた雅も首を捻っている。
「ねぇ、本当にこれ、毒薬なの?」
茂にそう問いかけたものの、そうとしか聞いていない茂も「そうなんじゃないかな」
としか返せるはずもなく……
結局皆が作業台の前に集まっていた。

「ちょっと舐めてみなよ」
唐突に雅が言った。
博「し、死んじゃうんじゃないの?」
雅「死なないと思うけど」
博「じゃあ雅が舐めればいいじゃん」
雅「嫌だよ!僕はまだ死にたくないからね!」
博「し、死ぬんじゃん!」
茂「はいはい、静かに~。でもこれ、毒薬の割に妙に甘ーい匂いしてない……?こんなものなの?」
雅「だから変なんだよ。ここまで匂いが強いのは毒殺には不向きなんじゃない?こんな匂いがお茶からしてたら出された方は絶対警戒するって」
正「それもそうだな…」
茂「じゃあ甘い飲み物とかに入れたら可能なんじゃない?」
雅「これだけ独特なニオイがしてるんだよ?どんな鈍感なヤツでも気づくと思うけど」
勇「ふむ。解せぬな…」
雅「というわけで博、一本飲んでみなよ?」
博「なんで俺なんだよ!」
雅「だって毒薬じゃないから…たぶん、だけど」
勇「そのようだな」

え?

皆の視線が一斉に勇に向けられる。
勇のそばに、口の開いた瓶が一つ置いてあった。
左の掌を上に向け、それを受け皿としてそこに瓶の中身を出してから、右の人差し指を使って口に運んだようだった。人差し指がまだ彼の口元にある。
「い……勇兄さん?平気なの?」
茂、また、他の兄弟もうろたえていた。
見た目的にはいつもの勇のようであるが。
「何も変わったところはないが……強いて言えば胸が熱い」

茂「む、胸……?」
雅「頭痛に吐き気、腹痛に眩暈、手足のしびれは?」捲くし立てるように雅が言う。
勇「ない」
雅「お前さ、ものすごく鈍い、なんてことはない?」
勇「なんだと?」
茂「ま、まぁまぁ、良かったじゃない。何ともなくて」

胸が熱い…ね
もしかして心臓発作のようなものを引き起こす薬?
やっぱり毒薬なのか……

そう雅が熱心にこの瓶の中身について考えている頃。
地方の有名旅館の一室で、玄一郎は例の薬の一箱を目の前に座る男へと差し出していた。
男は玄一郎と共に地方視察へ来ていた大物政治家であった。

「これがあの薬でございますか」
「英吉利より取り寄せた秘薬でございます。これですぐにでも孫の顔が拝めましょうぞ」
「それは有難い…」

無情にも夜は更けていく……


次の日。
茂は薬局へ向い、早速例の毒薬であろう薬の替え玉を用意した。
それを持ち帰るや否や木箱に詰め、さっさと玄一郎の部屋へと置きにいった。
怪しい毒薬は博の実験室に隠すことにした。これはこの部屋の主の博も了承済みであった。
これでもし縁談が成立し、この薬が先方へ渡され、万が一にも二人が飲むようなことがあっても、この毒によって命を落とす可能性はなくなったのだ。
残るは、というよりも確実に成し遂げたいのは二人をうまくこの屋敷から逃がすことだった。
そして死んだように見せかける工作である。ただ、死体まではどうやったって準備できそうもない。
だったら死体は海に深く沈めたということにすればいいかな、と考えていたその時だった。
部屋の扉を誰かがノックした。
扉に目をやって、茂が「どうぞ~」と答える。
「失礼します」の声とともに入ってきたのは千富だった。
「あ。用意できた?」
「はい。こちら、切符と……」
千富の手には二枚の切符と手紙が握られてあった。進、守に宛てたものだろうか。
「お二人への文でございます」
千富は目に涙を浮かべていた。まだ二人との別れには日があるというのに。
まぁ自分達兄弟にとっては母親のような存在。逆に千富にとっては子供のようなものなのだろう。だからこの千富の有り様も仕方のないことかもしれない。
「うん…必ず渡すよ」
茂は壊れ物を扱うかのようにそっと優しく、それらを受け取った。
玄一郎にバレないよう事を運ぶため、とにかく秘密裏にこの計画を進める必要がある。
そして二人の見合いの日――最後の作戦決行日の日曜日にはのんびりと別れ話をする時間など持てない可能性もある。それを千富にも伝えておいたのだ。
「うまくいくといいのですが……」心配そうな表情で千富は呟いた。
「うん……」

お互いに視線を合わせることはなく、緑の広がる窓の外をぼんやりと眺めていた。


夜。
『進と御杜守を……(長いので略)』の集いでは、最後の打ち合わせの日を迎えていた。
明日の夜には玄一郎が帰ってくる。

ここまでは計画通り、うまくいったのだ。前日にバレるようなことがあってはならない。
「皆わかってるよね」有志一同の顔を見渡して茂が念を押す。
博「うん!まかせてよ」
勇「俺の力が必要なようだしな。仕方あるまい」
雅「父様の計画を邪魔するなんて、ホント楽しくて仕方ないよ」
正「それじゃあ手筈通りにな」
この計画を成し遂げようとする気持ちの、根幹部分はそれぞれ違うのかもしれない。
だが、皆の顔は確実に計画達成の意気に燃えていた。その様を見て、茂もなんだかうまくいくような気がするのだった。


土曜日。
件の集いの皆はいつも以上に普段通りの生活を心がけていた。
それは、千富が「逆に不自然ではございませんか」と述べるほどであった。

いつもと変わらぬ生活を送りながらも、胸中はそうとはいかない男は勤めから帰宅した夕方、一人テラスに立っていた。

「明日か……」
進の中ではどんどん不安な気持ちが募っていた。
ぼんやりと中庭を見下ろすと、使用人のはるが忙しそうに動きまわっているのが見て取れた。
そういえば彼女も縁談のとき、こんな気持ちだったのか……
そんなことを思っていた。
そのとき「おい、四男」とあまり聞きなれない、だが確実にこの呼び方をしてくる人物――守から声をかけられたのだった。
進が返事とともに慌てて振り返る。案の定、守だった。夕風に髪をなびかせながらこちらに近づいてくる。
「あ、明日ですね、お見合い…」
そう口にした時には、守は進の隣に立っていた。が、その言葉に返事をする素振りは全く見受けられなかった。
進も気にはせず、独り言を呟くかのように言葉を続ける。
「まだ、自分には早いような気がしていまして…。無駄だとは思いますが、断る理由を今も探していまして……」
「貴様が断ったところで何か問題があるのか?」
「……え?」
苦笑いしていた進は目を丸くした。
正直、そんな言葉を守がかけてくるとは思わなかった。
「あ、あの…御杜さ……」
進が話しかけたそのときには、守は背を向けて歩き出していた。

もう少しの辛抱だからね、進……!
そんな二人の様子を下から見上げていた茂は、さらに決意を固めるのだった。

夜。
戻ってきた玄一郎はまず書斎へと向かっていった。
部屋の外では千富が待機していた。とすぐに彼女が呼ばれ、書斎の扉をくぐったのだが、玄一郎がすり替えられた瓶に不信感を抱いている様子は微塵もなかった。千富はホッと胸を撫で下ろすのであった。


「さぁ作戦決行だよ!」
楽しそうに言う茂の周りに集まる『進と御杜守を……(長いので略)』の集いのメンバーは、どういうわけか使用人服を召していた。帽子も被っている。
茂はその帽子の中に、自分の髪の毛を隠す念の入れようである。

一同は二手に分かれた。
まず正と博組。二人は運転手に薬を嗅がせることによって、見事見合い会場まで向かう車を一台強取した。
続いては勇と雅と茂組。言うまでもなく雅が華麗な手刀で運転手の意識を奪っていた。
勇がやる気満々だったのに、気づいたときには弟が手を下していたのだ。
不服そうな顔をしている勇を茂がなだめていた。
両組は庭園にある茶室へと運転手を運び込んだ。
あらかじめ茶室の鍵は開けておいた。
放り込んでから運転手二人の体を一つにまとめて解けないようしっかりと縄で縛り上げた。声を出されぬよう猿轡もかませた。
それから茶室に鍵をかけてから、皆は強取した車の下へ再度集合した。
そして三手に分かれる。
正と博組。勇と雅組。彼らはそれぞれ自分達の奪った車に乗り込んだ。一人は運転席。一人は助手席という具合に。
勇と雅組は良かったのだが、問題はもう一組のほうである。
運転できるものが一人もいない(正は免許は持っているが…詳しいことは”賑わいませう、星振る聖夜に”を拝聴してほしい)ということに直前になって気づいて急遽メンバー交代があった。正に変わって茂が、博と慌てて車に乗り込む。

「それじゃあ俺は先に行っているからな」
そう言って正は茂から預かった荷を手に、足早に出て行った。
近くには電車も走っているし、途中でタクシーを拾ったっていい。
駅へと向かう道すがら、運良くタクシーに出会った正は、一番乗りで目的地へと到着するのであった。

そうこうしているうちに「茂様!成功でございます」と、息を切らせながら千富が駆け寄ってきた。
「やったね!」と顔を見合わせる二人。
「でも本当に大丈夫でしょうか?」
千富はまだ気をもんでいた。

一昨日の金曜日。
千富が茂から渡されたのは「一日は目が覚めない」という胡散くさい薬であった。
無味無臭のそれを、玄一郎と加賀野のお茶に入れることが彼女に任された仕事であった。念には念を、ということで昨晩の、二人が眠る直前に出した一杯に、その薬を混入したのであった。

「うん。うちのお客さんでさ、それを間違って飲んじゃった人がいてさ~」
茂は千富には聞かせていなかったその薬にまつわる裏話をし始める。それには彼女を安心させる意図も込められていた。
「一日。24時間。ずーっとうちの座敷で寝てるんだよ、ホント、あの時は困っちゃってさ……」
「あ。来たよ!」
助手席に座る博が、進と守の姿を見て慌てて二人に声をかける。
「それじゃあうまくお願いね~」茂がニコと笑った。
程なくして、スーツに身を包んだ進と守が千富の下へとやって来る。
「千富さん、父さんと加賀野さんは?」
「え、えぇ。二人は別の車で向かうそうですわ。さっ、お乗りになってください」
そう言って自動車のドアを開ける千富。
赤くなった目を見られないよう、進たちの顔は見ずにただ自動車の車体を真っ直ぐ見つめていた。
「そうですか…あ、御杜さん。お先にどうぞ」
進は御杜を先に自動車へと促した。
守は千富と進とを一瞥してから無言で車へと乗り込む。

妙だな……
普段なら、運転手は、宮ノ杜の人間が車に乗るのをドアの横で待っている。そして「宜しいですか」などと声をかけ、ドアを閉め、その後乗車してくるはずなのに、何故か運転手と使用人服を召した男は座ったまま動く気配がないのである。

……まさか!

「おい、四男!これはわ……」
守が窓から顔を出し、罠だと告げようとした瞬間、車は急発進した。
「おい!貴様、自動車を早く止めろ!」
守の声に、前席に座る男たちからの反応はない。
「聞こえぬのか、運転手!命が惜しければ、俺の言う通り…っ!!」
突然の急ブレーキ。
後部座席から、運転手に詰め寄っていた守は、そのせいで前方にはじき飛ばされそうになる。
「っ貴様!…お、お前ら……!」
大きく体勢を崩していた守の顔を、振り返ったのは五男・博と三男・茂であった。
「ちょっとはおとなしくしてたら?」
「博の言うとおりだよ。事故でも起こしたらどうする気さ。俺たちは君の味方なんだから、とにかく後ろで静かにしててよ」
「味方だと?ふん、どういう魂た……」
守は魂胆と言うつもりだった。
が、それよりも自分の乗った車が右へ左へ蛇行しながら、さらにはものすごいスピードで公道を駆け進んでいく。まずはそれについて咎める必要がある。
「おいっ!三男!な、なんのつもりだ、この運転は…!」
「うるさいよっ!喋ってると舌噛むからね!」
「お、俺を殺す気か…!」
「だーかーらー、死にたくないなら黙ってなよ!ふふっ、ドライブ、楽しいね~!」
と、まぁ本当に楽しんでいるのは茂ただ一人だった。

「御杜さん、行っちゃいましたね…」
小さくなっていく車のボディを見送って、進は小さなため息をついた。
「さ、進様も」
進の前にソロソロとやってきた自動車のドアを開き、千富が乗車を勧める。そんな彼女に軽く会釈をしてから進はそれに乗り込んだ。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そう言って頭を下げる千富の目に涙のようなものを進は見た気がしたが、見間違いかと、特に気に止めることはなかった。
車がゆっくりと動き始めた。

ちょっと走ったところで、進が「あれ?」と疑問の声を漏らす。
玄一郎から聞いていた縁談会場とは違うところに向かっているようなのだ。今走ってる道だとかなりの遠回りになる。
「あ、あの…」
進は前席に向かって呼びかけた。
返事はない。
聞こえてなかったのかな?と思い、今度は声のボリュームを上げてみる。
「あの、運転手さん!この道だと遠回りじゃないですか?」
確実に、今の声量なら運転手の耳にも届いているはずだ。
なのに返事がない。
「聞いてます?あ、あの……」
進は運転手の肩を叩いてみる。
「くそっ!運転に集中できんではないかっ!」
聞き慣れた声だった。
「えっ、い、勇兄さん!?な、何をしてるんです!」
「見て判らぬか!自動車の運転中に決まっておろう!」
「そ、それは判りますが……」
聞きたいのはそんなことではない。
「安心しなって。別に変なとこに連れてくわけじゃないから」
雅がちらと後部座席に視線を移してから言う。
「ま、雅まで…。二人して何やってるんだい?」
「父様の仕組んだ、この縁談をめちゃくちゃにするのさ」
「……。」
雅の言葉に、進は何も言わなかった。
縁談を受ける気は毛頭なかったから、今回の見合いがなくなるならそれはそれで嬉しかった。
けれど感謝するのもまた少し違うような気がする。

進がぼんやり窓の外を眺めているうちに、車窓の風景はいつしか緩やかなものに変わっていた。
どこに着いたのだろうと顔を上げてみると駅であった。
バタンバタンとドアを閉める音がしたので、進もとりあえず二人に続いた。
少し歩くと「こっち、こっち~」と耳慣れた声が進の元に届いた。茂だった。
隣には博と守、正の姿もある。宮ノ杜家の子息が揃ったのである。

「えーと……」
状況の飲み込めていない進に「さ、これ切符」と、先日千富の手配したそれが渡される。続いて守にも。
「な、なんだ、これは!」
「君たちの新たな未来へ繋がる一枚さ!なんてね~」
「み、未来だと?」
「発車まで時間がないんだ。黙って受け取れ」
正に急かされ、守は渋々と切符を受け取る。
そのとき「下関行き、間もなく発車致します」との声がホームに響き渡る。
「さ、乗って」
未だ戸惑っている進、守を茂が促す。
守は動こうとしないものだから、茂が背中を押し、無理矢理に列車へと追いやった。
「心配いらないよ。あとのことはこっちでやっておくからさ!」
「進、元気でね!」
「達者でな」
「じゃあね」
「は、はぁ…えー、そ、それじゃあ行ってきます」
茂、博、勇、雅の順で各々挨拶を告げる。が、それが今生の別れの意を含んでいるとは露ほども知らない進は、今日一日は帝都を離れておけということかな、と自己解釈して頭を下げた。
そんなやり取りを横目で見ながら、御杜姓でずっと生きていた守は、別姓の兄弟の起こした、この一連の行動の真意を測りかねていた。
ただ見合いをさせぬというだけでここまでやるのか?
俺のことなど放っておけばよいものを……
そんなことを考えている守に正が歩み寄る。
ガラスの奥の瞳は真っ直ぐに守を捉えていた。
「…な、なんだ」
「その…進のことを頼んだぞ」
「……は?」
「宮ノ杜家の長男として、お前に頼んでいるのだ!返事ぐらいしてもよかろうが」
「ちょ、ちょっと待て!頼むとは何をだ!どういう意味だ!」
が、その質問への返答を待たずして列車は動き出す。ホームにいる、兄弟の顔はすぐに見えなくなった。
二人はとりあえず切符に記されてあった席を探す。列車が空いていたこともあって席もすぐに見つかった。

しばし二人の間には長い沈黙が流れた。
不意にそれを打ち破ったのは進だった。

「あの…御杜さん?」
「なんだ」
そう無愛想に一言返し、車窓から進へと視線をやる守。
「なんだか、その、駆け落ちみたいですよね…こういうのって」
「なっ!かっ、駆け落ちだと!?」
「あっ、いえ、変な意味ではなくて…ほら、一緒になれない二人のどちらかに、または二人に、ですが、縁談がきてそれが嫌で家を飛び出すって話…御杜さんの小説にもよくありますよね…」
「あ、あぁ、そうだな」
「あ。そういえば…」
思い出したように先ほど茂から預かった鞄を開け、何やら物色し始める進。
「おい、何をしている?」
「さっき、ここにお昼ご飯が入ってるって聞いたんですよ。御杜さんの分もありますから…っと」
言って進は取り出した弁当箱を一つ、守へと差し出した。
続いて自分の分も取り出そうと、もう一度鞄に手を突っ込む。
出てきた弁当箱の上には手紙が乗っかっていた。表書きには”進様へ”とある。
進は軽く首を傾げてから、弁当箱と手紙を脇へ置き、再度鞄を覗き込んだ。やはりだ。
もう一通、守宛てと思しきものが入っていた。それを慌てて引っ張り出してみる。封筒には女性の筆跡で”守様へ”と書かれてあった。
「あの、御杜さん。これを……」
「ん?」
守が手紙を受け取り、それぞれ、自分に宛ての文に目を通す。

しばらくして。

二人が同時に声を張り上げた。

「な、な、な、なんですかこれ!」
「おい、四男!貴様、どういうつもりだ!何故俺が、貴様と末永く幸せに暮らさねばならん!」
「それはこっちが聞きたいですよ!」
「なにかあるとは思っていたが…くそっ!おい!急ぎ帝都に戻るぞ!」
「は、はいっ!」


『進と御杜守を……(長いので略)』の集いのメンバーは、”やす田”にて、事を成せたことを祝した。
そうして帰路に就いた頃には、日はとっくに暮れ、辺りは静かな闇に包まれていた。

玄関へと続く道をぞろぞろ歩いていると、先頭にいた茂が振り返って言った。
「いいかい?進と守くんは、勇兄さんに殺されて、死体は海に捨てたんだからね。父さんに、何を聞かれてもそう答えるんだよ」
その瞬間――
「き、さまら~」の声とともに、草むらからザッと二つの影がとび出した。死んだことにされた、守と進だった。
「ヒィィィッ!出たーーーッ!!って…え、守くんにす、進…。な、なんでこんな所にいるの!」
愕然としている茂に、青筋を立てた守が問いかける。
「なんだ?戻ってくると貴様らにとって何か不都合で…」
「し、茂っ…!ねっ、ねぇ、これって……」
「う、うん…。身投げした二人の幽、霊……」
「……だ、よ、ね」
守の言葉は気持ちよくスルーの、博と茂のやり取り。
誰かの喉が、ゴクリと鳴った。
「ぎゃぁーーーー!」
博の大絶叫。
博に茂、そして少し遅れて雅が屋敷に向かって駆け出していた。その三人の後を進が追う「ちょっと待ってくださいよ~!」の声とともに。
「いっ!ちょっ、す、進の幽霊、追いかけてきてるんだけど!」
「な、なんなのさ!アイツ、僕たちに何か恨みでもあんの!?」
「なっ、なんで?俺たち進のために駆け落ちさせたんだよね!」
追いかけっこはしばらく続きそうである。

「フン。物の怪の類ともなった貴様と、一戦交えることができようとは…ふむ。よかろう、かかってくるがいい」
「何をわけのわからぬことを…。死ねっ!宮ノ杜!」
「お、おいっ、大佐…!」
こちらでは会話の噛みあわぬまま、一試合始まっていた。

ちょうどその頃、宮ノ杜玄一郎は、夢を見ていた。
彼は、屋敷内を走り回っていた。外に出ればいいものを、何故かそうはせずに。
途中、刀を手にした刺客が現れたので戦った。が、刺客は決して玄一郎を傷つけたりはしなかった。
刃と刃を何度かぶつからせると、それで満足したかのように刀を鞘に収めるのだ。ただ、その刺客は
去り際、必ず「許すまじ、宮ノ杜!」という言葉を吐いた。そんな刺客の背を見送ったあと、玄一郎はまた走り出すのだった。
不思議な……だが、悪夢だった。

随分眠ったように思えた。
しかし時計を確認すると、まだ数時間も経っていない。
「ふむ……」
少し、外が騒がしいのが気になったが、彼はもう一度眠りについた。
明日は息子の縁談日。寝坊などするわけにはいかぬ……そんなことを思いながら