■しょうもない、タイトル通りのギャグ話です
■読まれた後の苦情は一切受け付けません、すみません!


「だから……」
狼狽えている男とは対称的に、その男を囲むように座っている4人の男達は氷のように凍てつく視線を彼に送っていた――

というのも無理はない。

ここは泣く子も黙る新選組の屯所内のとある一室。
周囲もこの室内も、ずいぶん静かだった。
だいぶ日の傾いた空に、時折烏の鳴き声が虚しく響いている。

「要は、この怪しい褌の持ち主を調査するために集まってもらったんだって」
八番隊組長の藤堂平助は、何故かひどく慌てていた。
彼の目の前には、今回の事件の発端である真新しい褌が転がっている。

「………。」
長い前髪の隙間から覗かせる鋭い視線は、彼や褌には一切向かず、畳へと向けている三番隊組長、斎藤一。
土方副長に非常に傾倒している男だ。
沖田の言葉を借りると、土方教の熱狂的信者の一人である、らしい。この団体は、現在監察方の山崎の二名で活動中とのこと。メンバー随時募集中。

「……平、すけ…?」
訝しげにそう名を呼んだ男を見つめるのは十番隊組長、原田左之助。
自慢は腹にこさえた一文字傷。この男、その昔伊予松山で切腹しかけ、一命を取り留めたのである。あだ名は死に損ないの左之。
某ゲームソフトでは、彼のルートのおかげでゲーム対象年齢がグッとあっぷしたというかなりのヤリじゃなく、やり手である。

「で……、褌が…何?」
腕組みをし、面倒くさいなぁと言わんばかりに冷めた目で彼を見つめる一番隊組長、沖田総司。
好きなものは近藤局長と豊玉宗匠の発句集探し。発句集追跡レーダーは常に作動中。
“どこに隠しても無駄……”が彼の口癖。

「何言ってんだ、お前……?」
平助の口にした言葉を、不機嫌そうに聞いているのは天保10年生まれの永倉新八。
酒と女が大好きな熱血漢だ。
常に頭に巻いている小粋な鉢巻が女性にモテると信じている……かどうかは定かではないが、残念ながら浮いた話の一切ない男である。
時折あくびをしているのは夜勤明けにもかかわらず、朝一番から土方からのお呼び出しがかかり、寝不足のためらしい。

そして藤堂平助、八番隊組長を務めている若き剣士だ。
どんなときでも常に先陣を切る彼を、魁先生と呼ぶものも多い。幹部組最年少ということもあり、子供扱いされることもしばしば。
まぁ、見た目も少し……
総司に、千鶴との恋路を邪魔されたこともある気の毒な過去もある。
頑張れ平助…!負けるな平助…!となぜか応援したくなるキャラクターでもある。

さて、大方のキャラ紹介も済んだところで本編へ戻ろう。

「あのなぁ…平助……」

「何、左之さん?」

「何がどうなったら、俺たちがこの褌さまの持ち主を探さなきゃなんねぇんだよ?ん?」
彼の指摘はご最もである。
他の男三名も同様に頷いている。

「………。」
平助は何か熱い決意みたいなものを胸に抱いているのか、思いっきり両手を畳に付くと
白い褌を固く握り締め、勢いよく立ち上がった。

「お、おぃっ、急にどした」
困惑した表情で平助を見上げる原田。
ついに頭でもいかれちまったか?その目はひどく心配そうである。
そんな原田をよそに、平助は一呼吸し、厳しい口調でこう言った

「この謎を解明しない限り、俺たちに明日はない……!」と。


『………。』
平助の意味不明な言葉に、ますます室内はしらけきっていた。
シーンという擬音語が大音響で聞こえてきそうである。

「……い、いやいや、褌持って言う台詞じゃないだろうが!」
原田はもういいと手をカラカラと横に降っている。

「悪いが稽古場へ戻らせてもらう」
と口を開くのは斎藤。
すでに立ち上がっており、平助の返答も聞く気がないらしい。

「面倒くさいからバサッと斬っちゃえば」
ソレ、と沖田は褌を指差しては悪戯な笑みを浮かべている。

「そこら辺に捨てとけよ、わけのわかんねぇ褌なんてよ」
永倉はあくびをしては眠そうな視線を平助へと向ける。

「………。」
助け合いの精神を一切持ち合わせない連中に、平助は、はぁ……とわざとらしく重いため息をつく。
そして強い口調で言い放った。
「あのさ、きちんとこの褌の持ち主を探さないと、局中法度に禁酒の二文字が追加されるんだって。 それでもいいのかよ?よくねぇだろ?」

「な、なにっ…!」

「マジ、かよ!」

「それは…ただ事じゃないね」

一瞬にして目の色を変えた永倉に、原田、沖田が続いて声を上げる。
平助の言葉に斎藤を覗く全ての者が、禁酒断固阻止の意志で固く結ばれた瞬間だった。
だが、それに賛同できない土方教信者の斎藤は口を挟んだ。
「無論、構わ……ぐはっ!!」
彼は酒好き同盟のメンバー、永倉新八の裏拳をくらって、敢え無く畳に沈んだ。
斎藤への仕打ちに同情するものは誰一人としていない。
何事もなかったかのように時は進んでいく。

「禁酒って、どういうこと…?」

「平助、お前何やらかしたんだよ」
禁酒に至りそうな経緯をまずは知ろうとする沖田に原田。
永倉は黙って聞いている。

「いや、俺は悪くないんだけどさ……」


「綺麗にたたんで、それぞれの持ちもんに分けとけよ。あとで調べるからな」
隙間なく、びっしり干された洗濯物を指差して、土方は指示を出す。

「うわ、面倒くさ……」
と、あからさまに嫌がる平助に……

時は遡ること、八ツ半過ぎ(午後3時過ぎ)
今朝方干した洗濯物が、いい感じに乾いた頃のことであった。
非番の八番隊組長の平助が、のんびり縁側で茶を啜っていると、あろうことかそこに鬼の副長がやってきました。
鬼はこう言いました。
「鬼って短くしすぎてんじゃねぇよ、じゃなかった……。洗濯物を取り込んで畳んでおけよ。それから、しっかり各自の持ちモンに仕分けしておけ」と。
そう――
この鬼は、あろうことか平助を洗濯物を取り込む係にしてしまったのです。
嫌がる平助に無理矢理……
「おい!何か誤解を招くような表現は避けてくれ」
鬼は少し困り顔です。
彼、正確には彼らは洗濯物で以前ちょっとした騒動もあって、それ以後、この鬼は洗濯物に関して非常に神経を尖らせていたのです。(某ドラマCD参照)
っと、それでは土方と平助のやり取りに戻しましょう。

「……何か言ったか平助?」

「ほっ、ほら、源さんとか千鶴もいるしさ…。俺なんかがやるよりも… その…。2人の方がきれいに畳めるし、ってか畳んでくれるし……」
そろ……と、洗濯物から視線を外す平助。

「ったく、源さんは下坂中……。あいつは飯の準備……で、お前は?」
ジッと平助を射るように見つめる土方。

「……非番……です」
平助がボソッと呟く。

「じゃあ、お前がやるのが妥当だろうが」

「まぁ……はぃ……」

「わかったら、つべこべ言わずとっとと取りかかりやがれ!!」

へいへいと渋々返事をし、平助は湯のみを横に置いた。
そして、近くに任命者の副長の姿がないことを確認してから
「…あーぁ、全く人使いのあら……!!!!」
と、不満を口にしようとしたのだが物陰からこちらへと向けられている視線に気づき、咄嗟に口を押さえるはめとなる。

「……くない、です……土方…副長……ハハ…」
作り笑いを浮かべる平助に
「……禁、酒……」
遠くを見つめる土方は、ニヤリと少しだけ口元を緩め、そう漏らした。

「……なっ!?」

「最近、酒に関してはいい噂話も聞かねぇしなぁ」

「あは、は……、まぁ、そんなことも……ある、かもしんないけど……」
(ちょ、ちょっと待て……!洗濯物と禁酒って全く関係ねぇじゃん!!)
そう言いたいものの、グッとこらえる平助。

「まぁ 、俺は下戸だしいける口じゃねぇから、法度にも触れるこたぁねぇしな」
土方の、単なるぼやきとしておきたい禁酒プランニングはさらに続くのであった


「というわけで、上の回想シーンを見る限り、俺に非はないだろ?」

『ある!』
原田と永倉がキレイにハモって平助を非難する。

「なんでだよ!!」

「平助がいること自体……悪いよねぇ」

「総司っ!てめぇは俺の存在の否定かよ!!」

「……んっ、無論、禁酒で構わないと思う……ぐはっ!!」

「あ、一くーん。顔に大きな蚊が止まっていたよ。一くんの綺麗な顔に傷なんてついたら……ねぇ?」

「ねぇって、斎藤伸びてるじゃねぇか……、まぁ、いい。こいつがよくても俺達はよくねぇ……。なぁ、新八!」
今日は斎藤の厄日のようである。

「あぁっ、そのとーりだ! 島原、祇園の美人なお姉さま方の見目麗しいお姿を愛でながら、酒をいただくって男にとっちゃあ最高の時間じゃねぇかよ……。あのお姉さま達の白くて細い指で注がれた酒とくりゃあ、どんな安物の酒でも一瞬にして天下一品の下り諸白に早変わりってなもんだぜ!それに、それを飲まねぇっていうんじゃぁ男がすたる!!」

「全くだぜ!」

「あぁ!」
平助と原田は永倉の、酒に対する熱き想いに涙を流す……とまではいかないが、熱心に聞いている。

「……ねぇ、酒への惚れ込みようはわかったからさ、ほら褌……。解決しないと禁酒になっちゃうよ」

「っあ、あぁすまねぇ!!」
沖田の言葉に、立ち上がっている永倉も腰を降ろした。
それから皆で円を描くように座った。 部屋の隅っこの方には斎藤の姿もある。
沖田の一発が効いているのか、まだ横たわったままだが。

「よしっ、そんじゃあ…、やるか!」
気合いを入れてから、平助は矢立を取り出した。
その様子を見、
「平助……、これ、使いなよ」
そう言って、手のひらよりも少し大きい帳面を懐から取り出し、総司はまっさらなページを開いた。
ここに書いたらいい、ということらしい。

「あぁ、ありがと」

「ん?平助、何すんだ……?」

「とりあえず、可能性のある人を書き出してから、違うって人を消していこうと思って」
残った奴が持ち主ってことだろ、と自身の行動の理由を原田に告げる。

「おっ!平助にしては冴えてるじゃねぇか!」

「にしては、って余計だろ……」
永倉の小馬鹿にしたかのような褒め言葉も適当にあしらって、平助は持ち主であろう者の名を書き出し始めた。
永倉にかまってる暇はない。

「でもさ土方さん、洗濯物の一つ一つなんて覚えてないんじゃない?仮に、仮にだけどさ、この褌がどこかに行っちゃったってわかんないでしょ」
その笑みからは、もう斬っちゃえばいい、という思いが滲み出すぎている。

「ちょっ、ちょい待ち…!」
平助が筆を進める腕を止め、慌てて総司を見た。
「それがさ、面倒なことに……、っと、この続きは回想シーンを見て!」


時は禁酒令の発案がなされた先刻の話。

「おや、土方くん……」

「山南さん、今起きてても平気なのか」
土方は空で眩く輝く太陽をそっと見て心配そうに山南に視線を送った。

「えぇ、今日は気分がいいので……」
そう告げてはいるものの、決してそうとは言い切れない影を彼はまとっている。

(よしっ、もしかすると助けに船かもしれない!)
そう思った平助は、山南の登場にひどく歓喜したのだが――

「それは面白い。藤堂くんにはこのお勤め、しっかり果たしてもらいたいものですね」
土方からあらかたの事情を聞いた山南は、どういうわけか常に持ち歩いている矢立を取り出し、洗濯物一枚一枚を、これまた懐から取り出した帳面に記帳し始めたのだった。

「隊服が……三枚、手ぬぐいが……」

(えーーーっ!!)
藤堂も驚いてはいたが、これには土方も目を丸くしていた。
何もそこまでしなくても……と、二人は同じ思いであった、決して口には出さないが。
まぁ、現在でいうところの生粋のA型人であろう、山南さんは。


「……と、まぁ、こういうわけ」

「あー、よりよってあの人の登場かよ」
原田は七面倒くせぇと顔をしかめる。

「まぁ、どうでもいいよ。どうせ可能性のある人なんてそうはいないんだから」
チラと平助の手元を見る沖田。
そのとき、ちょうど平助の手が止まった。

「ほら、犯人の目星が付いたみたいだね」

「どれ、見せてみろ!」
永倉が真っ先に飛びついた。

そして、しばしの沈黙のあと……

「な、なんだとっ……!!」
帳面を見た彼は絶句した。

「こ、この褌の持ち主って……、お、おぃっ!俺達の中の誰かじゃねぇか!!」

「何言って……あ!」
原田も続いて覗き込み、声をあげる。

「そ、そう、みたい……、だな……」

「おいっ、平助!お前、何やってんだよ!!」

「そんな大声出さないでよ、新八っつぁん……」

「これが大声出さずにいられるかってんだよ!どーいうことだよ!!」

「お、おい、新八、落ち着けって!!」

三馬鹿トリオのやり取りを、してやったりという表情で見て沖田が口を開く。

「だってさ……、近藤さんと源さんは下坂中。土方さんも今朝方大坂から戻って来たわけだし。あの洗濯物は昨日の物。それに平隊士は皆、各自で洗濯。きわめつけはあの干し場……。あそこ使ってるのって、試衛館の古株だけじゃない。山南さんは別のところ使ってるけど……ということは」

■解説■
近藤 井上 土方 山南 沖田 永倉 斎藤 藤堂 原田  ←このようになる

『あ、そうだった……!』
永倉、原田、二人が示し合わせたように素っ頓狂なハーモニーを奏でる。

「俺もさ、書き出してみて初めて気づいた……」
その音色に乗っかるように肩を落とした平助も続く。
「……気づいたといえば…… 。あれ…?てか総司!てめぇ、最初からこのこと知ってただろ!」

「うん」
三馬鹿トリオを前に、悪びれる様子もなく沖田は首を縦に振る。

「っ、てめっ!!!」

「あ、あの……!」
一触即発の最中、控えめな声が皆の耳に届いた。
新選組のムサイ男連中の野太い声とは一味も二味も違っていて、可愛らしい女の声である。
女、ということは一部の幹部隊士のみが知る情報ではあるが。

「あぁ、アンタか、どうした?」
ずっと畳に沈んでいた斎藤が、凛とした表情をし、姿勢を正し、アンタと呼ぶその女性の影を涼しげな視線で見つめている。頬の辺りが殴られた傷痕、その他諸々で少し赤い。

「あ。一くん、無事だったんだ」
自分で殴っておいてそれはないだろ!というツッコミを、三馬鹿トリオは胸の中でしかと入れたことを記しておこう。
当の斎藤の耳には、沖田の言葉は届いていないのか、女の気配のする障子から一切視線を外そうとはしない。単に無視しているだけなのか……。

「お茶をお持ちしました。今、入っても構いませんか」

「あぁ」
斎藤が障子に手をかけ、その女性を招き入れる。

「失礼します」

ひとまずさっきの決着はお預けになったのか、斎藤を含む男五人が綺麗に円を描いて座った。
今しがた部屋へとやってきた、雪村千鶴の煎れてくれるお茶を、楽しみたいためのようである。
緊迫した空気から一変、皆の表情は穏やかそのものであった。

「これ……。近藤さんが置いていってくださったお菓子なんです。たくさんいただいたので、よければ召し上がってください」
千鶴は一人一人にお茶を注ぎ、干菓子をよそった小皿を差し出した。皆が口々に礼を言う。

「そういえば、平助くん?」
皆に茶を出し終えた後、千鶴は平助の方に向き直った。

「ん、何?」

「お洗濯物、平助くんが畳んでくれたんでしょ。さっきね、山南さんから聞いたの」

「あっ、ああ……、うん……」
干菓子をかじりながら、平助がためらいがちに頷く。
彼の後ろには例の、持ち主不明の褌が転がっているが。

「あの、それでね……その……」

「………?」

「私の褌ね、干していたんだけど、どこかにいっちゃって……」

ブハッ・・・!

千鶴の衝撃発言に、皆が茶を噴出した。
室内には小さな虹がいくつも出来て……はいなかった。


「あ、あの、皆さんどうしたんですか!へ、平助くん!!!」
千鶴の目の前では平助が鼻血を垂れ流して、卒倒していた。
だが、奇妙なことにその顔は恍惚としており、我が人生に悔いなしといったところか。

「あぁ千鶴ちゃん、放っておいていいよ。平助はそのうち、閻魔様に出会うだろうからさ」

「そうですか、安心…じゃなくて!沖田さん、何言ってるんですか!それ、死んじゃうってことじゃないですか!」

「そういうことだ。だが、アンタは気にするな。ここで死ぬるのなら、平助も本望だろう」

「斎藤さん、余計気にしますよ!」

「千鶴ちゃん……は、ふんど……し派……」
沖田、斉藤とのやり取りの最中、また一人、戦士が儚く散っていった。享年26歳。永倉新八が大きな音と共に倒れこむ。

「なっ、永倉さん……!!」

「新八のことも気にすんなよ。ところでお前、その……ふ、褌締めてたのか……」

「あ、はい……。江戸を発つ時、男になりきるならやっぱり中身からだ!って思って。それで……」

「そ、そうか……!ハハ、お前が褌か……そう、か……なるほど、な……」
茶を啜りながら、何度も頷いてみせる原田。
頭の中は今頃邪まな妄想でいっぱいのことだろう。

「ふーん、そうだったんだ……っ!!」

「総司、その手を離せ……」
斉藤の視線の先には、平助の後ろに転がっていたあの褌を掴む沖田の手があった。

「一くんがこの褌から手を引いてくれたら考えてもいいけど……?」
同じく沖田の視線の先には、褌を強く握り締める斉藤の拳がある。

「断る。考えてもいいということは、考えない可能性もある……ということだろう」

「まぁね。それより一くんさ、早く手を離さないと千鶴ちゃんの褌、破れちゃうよ」

「………!」

とまぁ、こちらでは壮絶な褌の奪い合いが始まっていた。

ところが――

「あれ……?」
今にも引きちぎらせそうな褌をジッと見つめ、それから首を傾げる千鶴。
何かがしっくりこないらしい。
その様子を見て、冷静を装っている原田が声をかける。
「どうした、千鶴?」

「こ、これ……、私の物じゃありません!」

『……!!!!?』

千鶴の言葉に、平助と永倉が慌てて起き上がった。

「あ、残念。生きてたんだ」
そう思いやりの欠片もない言葉をかける沖田。

「やっべぇ、俺、あやうく死ぬとこだったぜ……」
そう呟く藤堂の鼻からは真っ赤な血がダラダラと流れ続けている。その血を止めない限り、命の危機が迫っているように思えるが。

「ど、どういうことだよ……!俺はてっきり千鶴ちゃんの、その……褌だって……」
困惑する表情で永倉が訊ねる。

「あの、これ……絹で出来ているんです……」

「絹?」
斎藤と沖田、この二名が離すに離せなくなった褌に、永倉が手を伸ばす。
それからスッと一撫でし、感触を確かめる。

「……ん、確かに、こりゃあ、俺のとは違……ぐはぁっ!!」
そう言って自身の褌を取り出そうと股間に手を伸ばす永倉に、先ほどのお返しといわんばかりの斎藤渾身のアッパーが炸裂。
鈍い音の後、永倉は再度畳へと沈み込んだ。
なんとか邪念を振り払った落ち着きを取り戻した斎藤は、咳払いをしてからその褌をしっかり触ってみた。

そして――

「……間違いない。これは絹でできている」
静かにそう告げた。

「絹……?褌って絹で作るものなの?変なの」
そう言って、ようやくその褌から手を離す沖田。千鶴の物ではないとわかった途端、興味が失せたらしい。

「私、木綿で出来た褌しか、持っていません……」
そう千鶴が自身の褌の材質を口にしたとき、勢いよく障子が両サイドに開かれた。
まるで時代劇によくある主人公の、最大の見せ場――
悪代官を成敗する際の登場シーンのように。
そしてどこからともなく笛の音が流れてくる。

「誰だっ……!」
鼻を抑えながら、平助が声をあげた。
まだ血が止まらないらしい。

「フン、間抜けどもがさらに間抜けに見えるな。女子の褌姿を妄想しただけで鼻血か……!この、愚か者めが!!」

「……っくそ!その不愉快な喋り……。間違いねぇ!風間千景!!」

笛の音が一際大きくなり、満を辞して風間が姿を現した。


「読者への紹介、ご苦労だったな、虫ケラその一。 不愉快…の部分は、急ぎ……訂正してもらわねばならぬがな……」
平助を卑下するような視線で見つめる風間。
その横には横笛を持った天霧の姿があった。

「お久しぶりです」
片膝をつき、千鶴、新選組幹部5名に深々と頭を下げる天霧。

「久しぶりだな、我が妻……よ……?って、おいっ!」
風間の挨拶虚しく、千鶴は天霧が横笛を吹けることに興味津々だったらしい。
天霧さんは笛が吹けるんですか?などと、風間を無視した会話が進んでいた。これで食っていたこともありました、と天霧も天霧でちゃっかり身の上話に花を咲かせている。

「あ、天霧!!」
そう彼の名を呼ぶことで、風間は盛り上がっていた周囲の会話を遮ることに何とか成功。
それから自身に注目が集まったところで一呼吸し、「久しぶりだな、我が妻よ……」と、改めて言葉を紡いだ。

「……何の、用ですか…」
困惑する千鶴の周りでは、幹部隊士5名が腰の刀に手をかけている。
戦闘準備はすでに整っている、ということらしい。

「フン、そう鼻息を荒らげるな、幕府の犬どもよ。あぁ、犬には俺の言葉は理解できぬか……。だが、あいにく犬語は話せぬのでな。それに……今日は我が妻に渡したいものがあって来ただけだ。お前らに用はない……」

「渡したい、物……?」
怪訝そうな顔をする千鶴。

「鬼さんが渡したい物って一体何だろうね。まさか豆まき用の豆でも持ってきたの?」
そう言って沖田は噴き出す。

「あぁ、そりゃあ笑えるな」
原田が続く。

「強がりはその辺にしておけ、カス共が……!天霧、例のものを」
天霧は軽く頷き、風間の一歩前に出た。
そして唇を噛んでいる千鶴へと差し出したのは、あろうことか真っ白な褌、五枚組であった。
恐らくこれも絹製なのであろう、どこか綿製のものとは違った気品が漂っている……って、そんなわけないか。

「あーっ!その褌!」
千鶴が口を開くよりも先に、晴れて鼻血の止まった平助が大声を上げる。

(まさか…… !)
千鶴の脳裏に嫌な予感がよぎる。

「私の、褌は……」

もしかするともしかしないでもない、恐らく千鶴の褌は今――風間の手中にある


「あぁ、これか……」
懐から風間が取り出したのは紛れもない、千鶴の、綿製の褌であった。

「か、返してください!」

「まぁ、返してやるのは構わぬが……、但し、条件がある……」

「条、件……?」

「あぁ、そうだ」

「……何でしょうか」
俯きがちに千鶴は風間の条件に耳を傾ける。

「フン、従順なヤツは嫌いではない……。むしろ好ましい。それでこそ……」

「御託はいい。その条件とは何だ」
斎藤が割って入る。

「虫けらそのニは黙っていろ……。お前は……高貴な鬼の一族だ。それはわかっているな……?」
千鶴をたしなめるようにして、風間が口を開く。

「………。」
その言葉に千鶴はゆっくりと頷いた。否定する気はない。

「そのお前が、人間などという卑しい身分の生き物と同じ、綿製の褌を締めているなどと私には耐えられない!!見るがいいっ!!!」

バサッという大げさな音と共に現れたのは、金糸で般若の刺繍の施された豪華絢爛たる褌を締めた、勇ましい(かどうかは見た人の判断ではあるがの)風間の姿であった。言うまでもなく、絹100%である。

『………!』
これには新選組幹部、千鶴、そして天霧までもが絶句していた。
絹製の褌でもこのご時世、ちょっといかがなものかと思うのに、なぜかド派手な刺繍入りである。
この時代、羽裏に派手な生地を使用するなどの小粋なお洒落はあったが、褌に……というのは見当違いもはなはだしい。愚の骨頂であった。
これまで、あんなにも自信たっぷりに話をしていた風間という鬼が、ちょっぴり可哀想に思えてきた。

と、そこへ――

「おい!総司!ってめぇ、また例の物、盗んだだろ!とっとと返しやがれ!」
運良くか、はたまた悪くか、部屋へと踏み込んできたのは鬼の副長こと、土方歳三だった。

「……ん?」
静まり返ったこの室内に、何かを感じ取った土方。
不自然に赤い日の光の差し込む障子、彼のちょうど左手に視線をやった。

「……ひっ!!お、お前は!人様んちで何やってんだよ!!!」

土方の視線の先には褌一丁の風間の姿が。
その横では天霧が先ほどと同様、お久しぶりです、と頭を下げている。
仲間たちに視線をやれば、点々と血の続く先の平助の鼻から下は血まみれ。
永倉は何があったのか息も絶え絶えといった具合に仰向けで伸びている。
斎藤は両頬を少し赤く腫らし、白い褌を一枚、そして千鶴は複数枚の褌を手にし、固まっている。
沖田と原田は腰の刀に手をかけたまま、全く動く気配がない。

土方は一人、途方に暮れていた……


屯所の外、すぐ近くの木上から今日も風間が千鶴の様子を偵察していた。
その隣には天霧の姿があった。
この男、相当暇なのだろうか。

「フン、あいつはやはり木綿の褌しか締めぬつもりか……。強情な奴め……」

「はぁ」
そんなこと知りたくもないです、そう胸中で呟く天霧は穏やかに笑っている。

思い起こせば一月前、風間はあの褌騒動の折、千鶴に絹製の褌を渡すことに成功したのだが、彼の捜査資料の中に(正確に言うと、毎日ストーキングしているだけなのだが)、千鶴がその褌を締めたという記録は一切なかった。
そして、このときの出来事がきっかけで風間の心境には大きな変化があった。

「……綿製の褌も、そう、悪くない…」

そう呟いたのは天霧ではなく、あの時、妙なこだわりを持っていた風間千景であった。
彼は千鶴との別れ際、「絹製の褌をつけるような人と夫婦になるつもりはありません!!」 と、明確な結婚条件を突きつけられたのである。
それから、どういうわけか綿製の褌を締めるようになったのであった。
この男、存外素直なのかも知れない…… 、天霧はそう思って一人笑った。

そして新選組屯所では、今日も土方が句集隠しに躍起になっていた。
その豊玉発句集の後ろから三枚目のページには、平助の、お世辞にも美しいとは言えない文字で幹部隊士の名前が記されてあった。
そう、あの時のものである。

豊玉宗匠がそれに気づくのは、もう少し先のこと……