■原田→千鶴のちょっとした日常のお話


「千鶴ー、いるか?」
原田はみかんを包んだ風呂敷を抱え、千鶴の部屋の前にいた。
平助達にこんな姿を見られると…とも思ったが
みかんを所望している人間がいるんだから仕方ねぇ、よな……?
もしもの時の言い訳を考えながら、千鶴の返事を待った。

「は、はい…!あ、あの…す、少しだけ待ってください!」
予期せぬ来客に慌てているような千鶴の声がした。

「立て込んでるならかまわねぇよ。ここに置いとくから…」
待ってくれと言われても、原田にはあまり時間がない。もうすぐ巡察の時間だ。

「ま、のんびり食ってくれや、な……?」
千鶴の喜ぶ顔でもと思い、足を運んだのだが残念ながらそれは叶わないようだ。
「よっと…」
原田が風呂敷包みを下ろそうとしたそのとき

「あの…髪…束ねてないんですが構いませんか……?」
少し困ったような、そんな調子で千鶴が声をかけてきた。
原田がどう返せばいいのか迷っていると突然障子戸が開き、千鶴が現れた。

「……お前…」

千鶴の姿に原田は思わず息を呑んだ。
いつもはてっぺんで一つに結い上げている漆黒の髪が、今はするりと下ろされている。その髪は少し濡れているようで、さらに艶っぽく光っていた。

「さっき、髪の毛洗って……隊務中にすみません…」
千鶴は皆の隊務中に、自身の事で時間を費やしていたことを侘びながら髪の毛が濡れている理由を説明した。

「……いや…謝ることじゃねーよ」
原田は表情をやわらげ千鶴に微笑んだあと、”ほら…”とみかんの入った風呂敷包みを千鶴に手渡した。

「あ…えと……」
千鶴はきょとんとし、不思議そうにその包みを眺めていたが柑橘の放つ爽やかな香りと、その形から中身を汲み取ったのか顔を綻ばせ感謝を述べた。

「いいってことよ」
原田はまだ湿ったままの千鶴の髪にそっと手をのばし、撫でた。

「原田…さん?」
大きな目をぱちくりさせて自分を見つめる千鶴に
“じゃ、行ってくるわ…”と軽く手を上げ原田は立ち上がった。

外は大分日が傾き、真っ白な障子に差し込む西日が薄っすらと朱を差している。
今日は物騒な日じゃねぇといいが…
原田は血の色と同じ真っ赤な手甲に視線を移し、ふと空を仰いだ。

背後ではみかんの香りと千鶴の穏やかな声が原田を送り出していた――