■斎藤×千鶴のED後の斗南での話です
■シリアス調な流れから結局は……


淡雪のつもる朝、私は木の上のそれにそっと手をのばす。
指先を一瞬ひんやりとした感触が襲うが、真っ白なそれはすぐに消えてなくなってしまう。

「まだ春は遠いのかな…」

斗南に移り住んで数ヶ月、ようやく春らしい季節になったように思えるけどこの地はまだまだ寒い。
今朝もその寒さで私は目が覚めた。
肩にしっかりとかけた一さんの匂いのする羽織をぎゅっと握りしめ、朝の散歩を終えると帰路につく――
それが私の毎朝の日課。
朝の澄んだ空気は鬱鬱とした気持ちを浄化してくれる……
そんな気がして私は出かけてしまうのだ。

さぁ、帰ろう……

そう思ったとき、

「千鶴……」
不意に自分の名前を呼ばれ、私は振り返った。
そこには黒色の袷と袴をまとった一さんの姿があった。
いつもは見送りだけの彼が、どういうわけかすぐそこに立っている。

「斎と……、一さん……」
彼の名前を呼ぶのにはまだ抵抗があって、ついつい”斉藤さん”と名字を口にしてしまう。
名前を呼ぶのが気恥ずかしい、そんな気持ちもあるんだと思うけれど。
一さんはそんな私の姿を見てはため息をもらす、これも毎日のことだった。

改めてもう一度……

「……は、一さん、おはようございます」
少しはにかみながら、今度は名字ではなく彼の名前を口にした。
そして、ぺこっと頭を下げる。

「あぁ、おはよう」
今度は切れ長の目をふっと細め、満足そうに彼は笑ってくれた。

「今日はお早いんですね」
彼の笑顔につられて微笑み返しながら声をかける。

「あぁ……。お前と」
この空を見たかった……

静かな声でそう告げると、一さんは少しずつ明けてゆく空を見上げた。

今日の空は、彼のために用意されたかのような新選組の――
あの揃いの隊服のような色をしていて、たぶんそれを見たかったんだと思ったから。
だから、どうしてここに……?とはあえて訊ねなかった。

「今日はいい天気のようです」
そう声をかけると
「あぁ……」
と返事をしたっきり、一さんは黙ってしまった。
そんな彼に、私はそっと身を寄せた。

たぶん――
一さんは共に戦ってきた新選組の同志の人たちを思っているんだと思う。
近藤さんや土方さん、沖田さんも…多くの同志が亡くなってしまった。
会津藩士の人からその事実を知らされた時、一さんはただじっと、淡々とした表情で彼らの末路に耳を傾け、ついに涙を見せることはなかった。

私の生死を簡単に決めてしまえた、一さんの同志でもある新選組の人たち。
彼らに恐怖を感じていなかったと言えば嘘になる。だけど……
だけど鬼から守ってくれたのも彼らだし、鬼である私を匿ってくれたのも彼らだった。
同じ時間を共有した日々は、一さんに比べると私なんてほんのちっぽけな間だけったけど、世間が口を揃えるように、そう悪い人たちではなかったし、ただの人斬り集団でもなかった。
苦しいほどに時代の流れに逆らい、大切な物を守るため、必死に戦った新選組の人たち。
幕末の激動が終わった今、一緒に笑いあうことができないのは少し残念な気もする。
でも、その気持ちは私なんかよりも戦友である一さんの方がずっと強いと思う。

 
「帰ろう……」
優しい眼差しと共に伸ばされた細長い一さんの指に、私は控えめに自分の指を絡める。
繋いだ指先から伝わる彼の温かさが、沈んでいた私の気持ちを癒してくれるようだった。

少し歩いて、大きな桜の木の下で一さんは立ち止まった。
私も同じように足を止め、不思議そうに彼を見上げる。

まだ桜も咲いていないのに……

首を傾げながら、うっすらと白く薄化粧をした桜の大木から彼へと視線を移すと一さんの視線とぶつかった。彼はそのまま視線を外すことはなく、私をじっと見つめている。

「あ……あの……」

どこまでも真っ直ぐな彼の瞳には私しか映っていなくて――
その事実を知ってしまうと、なんだかものすごく恥ずかしくてなってしまい、私は思わず目を逸らした。
頬が上気してるのが嫌でもわかる。
辺りはひんやりとしているのに私の顔だけがやけに熱い。


たぶん……

一さんの行動は私が思った通りで。
彼の指先が私の顎先を優しく捉え、私の唇が彼の唇と重なった。

一緒に住んでるわけだし、お互いに好いた者同士。
だから、その……こういうことをするのは変じゃないけど。

だけどこんな場所で
もし。
もしも誰かに見られたら……

そう思うと気が気じゃなくって、私は彼から離れようとじたばたするのに、一さんは開放する気はないとばかりに一層強く私の体を抱き寄せてしまう。

もう……

私は観念して瞼を下ろした。
指先、唇、全身から彼の熱を感じとることができた。
そして、彼の想いも。

これからもずっと一さんのお傍にいさせてください
ただひたすらにそう願った


まだ熱を帯びたままの頬が、何故か少しだけひんやりする。
目を開けると、一さんの深い群青色の瞳が、先ほどと同じように私を真っ直ぐに見つめていた。
そんな彼から逃れるように、視線を、心地のよい冷たさを感じる頬へと移してみると、彼の両手が私の頬を優しく包み込んでくれていた。
それから少しだけ、気づかれないように一さんの表情を盗み見ようとしてみたものの、 その計画はすぐに失敗し、彼の視線にしっかりぶつかってしまう。
私の視線は行き場をなくしてしまい、あきらめて、という言い方もおかしいけれど、ひとまず彼の元に戻すことにした。

「妙案が浮かんだのだが……」
彼と目があったところで、何をひらめいたのか、おもむろに一さんが口を開いた。

「みょ、妙案ですか……?」
彼が提案してくるなんて、正直言って珍しい。

一体何だろう……
私はぼうっとする頭で彼の言葉に耳を傾ける。

「今後、俺のことを”斎藤さん”などと口にしたときには――」

次の一言は火照った私の身と心の、効果的な解熱剤となった。

「口付けする」
一さんはそう告げると、目を細め口元をゆるりと緩めたのだった。

口、付け……。

………!?

「さ、斎藤さ……んっ……!!!」
気づいたときにはもう時すでに遅しで、その罰は執行されていて
私の唇には先ほど感じた一さんの、柔らかな唇が再び重なっていた