■ちょっぴりギャグ風味のほっこりできる作品かと思います
■少しだけ史実に絡めました


「こちらのかんざしなんて、どうですか」
薄紫色の、飾り玉の付いた玉かんざしを千鶴は手に取った。
それから控えめに土方の表情を見る。

「あぁ、悪かない…」
口元を緩め、土方はゆっくりと頷いた。

理由もわからないまま土方に連れ出されて、小半時――
その彼が足を止めたのは小さな小間物屋の前だった。
千鶴は首を捻って、自分がここに連れてこられた理由を考えたがさっぱりわからない。

「あの……」
戸惑いながら、土方を見上げる千鶴に彼はこう言い放つ。

「俺の大切な人にあてた土産物選び、悪いが手伝ってくれるか」

大切な、人……

土方に頼りにされることなんて、これから先も片手で数えられるくらいしかないだろう。
だから、こう頼られることはすごく貴重な出来事だと千鶴は思った。
それに嬉しかった。
だが”大切な人にあてた”という単語が、頭の中を繰り返し流れていて…
胸の奥が痛い。

どんな人なんだろう……

店に入ってからも、千鶴は土方の大切な人についてしきりに考えていた。
与えられた土産物選びの任務なんて、正直上の空だった。
だが、土方にそういう存在の女性がいてもおかしくないことは明らかで……。
それを思うとすごく切なくて、涙が溢れそうだった。

今手にしている玉かんざしの色は、そんな千鶴の気持ちが表れていたのかもしれない。

「すまねぇが、親父、これを包んでくれるか」
複雑な表情を浮かべている千鶴の隣では、満足そうな顔で彼女の選んだ玉かんざしを、店主へと差し出す土方の姿があった。

「おおきに、また起こしやす」
店主の”おおきに”の言葉に軽い反発心を抱きながら、千鶴は土方に続いて店を後にした。
土方の懐には綺麗に包装された玉かんざしがしっかりとしまわれた。

「助かった…」
屯所内とはまるで別人のように、緩やかな表情で土方は礼を告げる。

「いえ、お役に立てて嬉しいです……」
また誘ってください、とは言えなかった。
千鶴はぎこちない笑顔を浮かべて、土方に微笑んだ。
だけど、うまく、いつものようには笑えない。

屯所に向かう帰り道は、千鶴にとって、ものすごく長いもののように感じられた。
幾度となく

大切な人ってどんな方ですか……

その一文を口にしようとしたものの、どんな人かを知ったところで千鶴が嬉しくなるような返答はないだろう。
それに、その女性像を知るのが怖かった。
土方と二人っきりの外出は、やはりただの任務だったようだ。

千鶴は機械仕掛けの人形のように、ただ足を交互に出し、ようやく屯所へと帰りついた。

「おや、土方くんに……雪村くん」
珍しい組み合わせだなぁ、そう言いながら井上は二人に微笑む。
その手には竹箒が握られており、屯所内に散らばる落ち葉を集めているのかあちらこちらにはその成果の山が築かれていた。

「おい、源さん、そういうことは平隊士に任せておけばいいだろうが」
そう言って、いつものごとく土方は井上を諌める。

「いや、これが性に合っているからね」
と苦笑いを浮かべ、井上はお決まりの台詞を口にする。
井上の足元にはまた一つ、落ち葉の山が出来上がっていた。

「ったく……」

「……おや、それは……贈り物かい?」
井上は手を止め、土方の懐を見た。

「……いつものヤツだよ」
そう言って、土方はそっと井上に目配せした。

「そうかい。ぬいさん……きっと喜んでくれるだろう」

「そうだな……」
土方はため息交じりに返事をし、黙り込んだままの千鶴を一瞥するとその場からゆっくりと立ち去った。
井上と千鶴、そしてはらりと舞い落ちる黄色く色づいた葉っぱだけがそこには残された。

「あの……ぬいさんって方は……その……」
土方の姿が周囲にないことを確認し、遠慮がちに千鶴が口を開いた。

「あぁ……、彼女のことかい……」
伏し目がちに話す千鶴の気持ちを察したのか、井上は”ぬい”と呼ばれる女性のことを静かに打ち明けた。
「彼女は、ぬいさんは土方くんの姪御さんでね。試衛館の皆が幕府の浪士組として江戸を立ってから少しして、嫁いでいったんだよ」

「そうだったんですか……」
千鶴はようやく顔をあげる。

「だけど生まれつき体が弱くてね、そのせいで嫁ぎ先から戻されてしまったそうなんだ。そのぬいさんを案じて、土方くんは帰るたびに京土産を贈ってやっているんだよ。少しでも……元気になるようにってね」
井上はぬいの境遇を話し終えたあと、空を見上げた。
秋の空はどこまでも澄んでいる。
まるで、ぬいを思う優しい土方の心のように。

「……ぬいさんに土方さんの思い、届いているといいですね」
願うように千鶴は言った。

「きっと届いているさ」
頷き、穏やかに井上は笑う。

「あの……私、誤解していました……」

「誤解……?」

「土方さんは……その……大切な人に贈るって言っていたものですから…」
一人悩み続けていた自分が急に恥ずかしくなってきて、千鶴は足元に散らばる落ち葉に視線を落とし、呟いた。

「土方くんらしいなぁ。あぁ、そうだ……。この話を知っているのは試衛館時代からの仲間でも、近藤さんに総司くらいなんだよ」

「…そんなお話を無遠慮に聞いてしまって……その…なんて言っていいのか……。すみません」

井上は構わないさ、と首を振って続ける。
「土方くんにとって、ぬいさんは本当に大切な人なんだろう。それは嘘じゃない。だから、そんなぬいさんへの贈り物選びをお願いしたのは、きっと、君を信頼してのことなんだと思う。だから……」
謝ることなんて何もないさ、井上はそう諭す。

千鶴は俯き、小さく笑った。
何だか胸の辺りが暖かい。

「それに、雪村くんが心配するような女性でないことは確かだよ」
そう言って井上は千鶴の背中をぽんと叩いた。

「………あ、あの、私……すぐにお手伝いしますから……!お、落ち葉全部拾います……!!」

「そうかい、すまな……」
井上の感謝の言葉も聞かず、箒を取りに千鶴は駆け出していた。
走っているせいなのか、はたまた井上の言葉のせいなのか、千鶴の頬はこれから訪れる夕焼け空と同じ、真っ赤に染まっていた。


「トシさん、そこにいるんだろう」
千鶴の背中を見送り、井上は、姿は見えない土方に声をかける。
視線は足元に散らばる黄色い落ち葉に向いている。
傍からは井上が独り言を言っているようにしか見えないだろう。

「……源さんも人が悪いなぁ、ったく……」
一呼吸置いて、物陰から土方の声が静かに響く。

「そういうことじゃないかとは思っていたんだが…」

「お見通しってわけかよ……。参ったなぁ……」

「きちんと話してあげるべきだろう、彼女は君のこと……」
井上が話し終わらないうちに千鶴が息を切らせ戻ってきた。

「い、井上さん、あの、この辺りをお手伝いしたので構わないですか?」
はぁ、はぁ、と肩で息をしては千鶴は井上の指示を待っている。

「あぁ、雪村くん……。お帰り」

「はい、ただいま……です……」
井上の儀礼的な挨拶に、千鶴はぺこと頭を下げる。

「せっかく箒を持ってきてもらって悪いんだが……、土方くんと、ちょっと出かけて来てくれるかい?」
井上のこの言葉に千鶴はきょとんとした顔をする。

「……っ、源さん…!!」
先ほどまで身を潜めていた土方が、大慌てで割って入った。

「ひ、土方さん……!?」
いきなり現れた土方に目を丸くする千鶴。

「さぁ、行っておいで」
井上は千鶴の持つ竹箒をそっと受け取り、二人を促した。
千鶴は「はぁ……」と頷いたものの、土方はばつが悪そうに目を逸らしているだけでその場から動こうとはしない。

「年長者の言うことは素直に聞くものだよ、トシさん」
“素直”の部分を強調して、井上は再度促した。
親しみを込め、トシさんと呼んで。

「あ、あの……土方さん、この近くなら私、一人で出かけても……」
構いませんよね……、おずおずと千鶴は土方に伺いを立てる。

「いや……」
土方は大きくため息をつき、
「お前一人を外に出すわけにはいかねぇ。 あいにく山崎も島田も不在なんでな。……それじゃあ源さん、行って来る」
そう言って強引に千鶴の手を取り、屯所を後にした。


そうしてやって来たのは、先ほど訪れた小間物屋だった。
理由もわからないまま土方に連れ出された先ほどと同様、千鶴は首を捻っていた。
今回もこの店に足を運んだ理由は分からないのだから、この反応は当然かもしれない。
だが、その後の展開は大きく異なっていた。

土方は店に入るなり、
「こいつに似合うものを選んでくれ」
と、目の合った店主に用件を伝えた。ひどく完結に。

……土方さん?

千鶴が不思議そうに土方を見つめる。
だが、同種の視線を向けるのは千鶴だけではなかった。

「お、お武家様……。あの……この……お侍さんのもので宜しいんで?」
困惑しながら小間物屋の店主は千鶴を見る。

あ……

しまった、と思った土方ももう後には引けない。

「つ、つべこべ言わずに出しやがれ!」
勢いで押し切ろうと必死だ。

「へっ、へぇ!」

「俺の大切な女にあてたかんざし、おかしな物選びやがったら、ただじゃおかねぇからな」
そう啖呵を切る。
いつもはゆったりと構えている土方も、やはり江戸っ子といったところだろうか。
ただ、自身の失敗を、勢いで無理矢理隠そうとしている節がないとも言えない。

「そうそう……。その人、新選組副長、土方って人だから気をつけたほうがいいですよ?」
店主を捲し立てる土方の後ろに長身の男が現れた。突然に。

この声は……

声の主が、いの一番頭に浮かんだ人物でないことを祈りながら土方は振り返る。が、残念ながらいた。彼の天敵が立っていた。
さも面白い玩具を見つけた子供のように、にこりと笑って。

「げっ…総司!お、お前……」

「ご存知ですよね、鬼の副長…?」
土方の呼びかけは無視し、店主にニコッと微笑む沖田。

新選組副長・土方歳三――
その名を告げたことで、店の中の雰囲気がどのように変わってしまったかは容易に想像がつくだろう。
小間物屋から出てきた千鶴の両手は、たくさんのかんざしで溢れていた。

「店の親父さん、親切な人でしたね」
そんなにタダで譲ってくれるなんて、と色とりどりのかんざしを見て沖田は笑う。

「お前のせいだろうが……」
青筋を立て、土方は低い声音で呟く。

「なんのことです?」
自分には何のことだか、といった具合にしらじらしく首を傾げる沖田。

「新選組だ、鬼の副長だ、なんて言いやがるから……」
ますます京での評判が下がる……と土方は少しだけ落ち込んでいる。

「だって本当のことじゃないですか」

千鶴を間に挟んでの口論は続く。

「それに、土方さん…?」
急に沖田の表情が、視線が変わる。

「……なんだ?」

「千鶴ちゃんはいつから土方さんの女になったんですか?僕、そんな話聞いたことないですけど……」

「き、聞いてたのかよ……!」

「一言一句漏らさず熱演してあげますよ、あの時の土方さん……」

「………!」

「今日の夕餉のときはこの話題で持ちきりかなぁ」
そう言って沖田は田んぼの畦道を駆け出した。そして振り返って、悪戯っぽくにやっと笑った。

「あの野郎……」
土方は腰の大刀に手をかける。

「あ、あの……土方さん……」
右隣の、殺気立つ土方を見上げて、千鶴は声をかけた。

「……嘘じゃねぇよ」
千鶴に少しだけ視線を移し、低い声音で土方は囁いた。
何が、とは告げなかった。
それは小さな声だったが、確かに響いていた。彼女だけに届くように。

千鶴は瞬きを数回繰り返し、それから、はにかむようにして笑った。
土方の怒鳴り声が秋の空に響き渡る中で…


そうこうしているうちに夕餉の時間――
食卓は千鶴がいただいた、いや、正確には強請りまがいの行為で手に入れてしまった大量のかんざしの話題で持ち切りだった。

「なぁ、千鶴?そんなにたくさんのかんざし、どうしたんだよ?」
いつものおかず争奪戦はお休みにして、藤堂や永倉までもが、この大量のかんざしがどういう経緯で千鶴の手に渡ったのか首を傾げていた。

沖田は皆があぁでもない、こぅでもない……と推理するのを見て、それを肴にちびちびと酒を飲んでいる。

土方はというと、気が気でないのか、膳の上に載ったししゃもとひたすらにらめっこをしていた。
未だに勝負は着いていない。

井上は何かを感じ取ったのか、頬を緩め、だが無言で煮物を口にしていた。

そして千鶴はというと、かんざしが空から降ってきて……などと訳の分からない説明を繰り返し、ますます皆の混乱を誘っていた。


ぬいさんは実在する土方さんの姪御さんで、嫁にいったものの病のため実家に戻され46歳で亡くなった方だそうで彼は彼女の行く末をずっと気にかけていたそうです。
また、土方さんは日野に戻るたびぬいさんに女性用の京土産を贈ってあげていたエピソードが残っているそうです。素敵なお話ですね