■設楽先輩がパリに留学中のお話
■甘め+ちょっと笑えるssです


フランスはパリに留学して数ヶ月。
世界的にも有名な音楽院に入学し、ずいぶんと落ち着いてきた頃……
俺は異国の地の風を感じながら、石畳の美しい街並みを歩いていた。
普段は車での移動が主だったが、今日はそうしなかった。

そう……
もうすぐアイツの誕生日。
プレゼントを探さなくてはならない。

「今日の迎えは必要ない」そう運転手に断りの連絡を入れてから
俺は学院を後にする。
アパルトマンまでは、歩いてもそう苦になる距離ではない。
というのも、アパルトマンへと続く道はちょうど繁華街のある通り。
そのため、この道を行くのはプレゼント選びに最適だと思ったからだ。

まぁ「俺の帰国がプレゼントだ」と言っても良かったか……

何にするべきか迷う頭にはそんな言葉も浮かんでくる。
アイツの誕生日は運良くも……いや、実際はそう調整しただけだが俺の帰国日と重なっていた。
年に一度のことだ。その日はやはりアイツの側で祝ってやりたい。

ゆっくりと俺の横を流れていく様々な専門店のショーウィンドウ。
だが、アイツにしっくりくるものにはなかなか出会えない。

服?宝飾品……?
いや、下着……した……って、俺は何を考えているんだっ!

人の往来の激しい通りで俺は一人頭をくしゃくしゃとかきむしる。
なんか不自然に顔が火照ってるのは気のせいか……
いや、気のせいじゃない。
ショーウィンドウに飾られた、おとぎ話に出てくるような鏡。その中の俺は、まるで酔っ払ったかのように真っ赤な顔をしていた。

あー、くそっ!

初めてだった、こんな感覚。
やはり、長く会えない時間のせいだろうか
アイツへの……と思えば思うほど、プレゼント選びに苦戦している自分がいる。

少し俯きがちにそして足早に石畳の上を行く。
プレゼント選びに来たっていうのに、これじゃあ何をした来たのかわからない。
ゆらりゆらりとただぎこちなく歩き続ける俺の影が、学院を出た頃よりも長く伸びていた。

ん?

ふと足が止まる。

この匂い、どこかで……

俺はゆっくりと顔を上げた。
するとそこはパリでも有名な香水専門店の前だった。
ショーウィンドウを眺めていると、今しがたそこで買い物をしたのだろうその店の袋を下げた長身のパリジェンヌが俺の横を通り過ぎた。
俺ははっとする。

アイツと同じ匂いだ……

正確に言うとアイツの付けていた香水と同じだった。
フローラル系の、優しく包み込んでくれるような香り 。

そういえば……

以前一度帰国した際、アイツとショッピングモールに出かけた時のことだった。

俺とアイツはひょんなことからはぐれてしまう……

ってことにしておこう

俺の、回想シーンだし。


「悪い、待たせたな……」

手洗いから戻ってみると、ここにいるはずのアイツの姿がなかった。

ここで待ってるって言ってたよな……?

俺は首を傾げた。
休日のそこはひどく混雑していて、呆然と立ち尽くす俺の周囲を絶えず人が行き来している。
こんな中からアイツ一人を見つけ出すなんて、かなり骨が折れる行為だと思う。
なんといったか、メガネをかけた赤い横縞シャツを着たおじさんを探すゲームを楽しむ本。俺は全く面白いとは思わなかったが、そう、あれの実写版と言ったところだろうか。

俺はアイツの携帯にかけてみようと思い、パンツの右ポケットへと手を伸ばした。

あ……

その日に限って俺は携帯を家に置いてきてしまっていた。

今さらだが、待ち合わせ場所にいるはずの人間がいない……、もしくは何らかの事情で自分が遅れる場合など、やはり携帯電話というのは便利な代物だと思う。連絡したい時にすぐに連絡できるのだ。
俺はアイツと出かけることが増えてから、それまではあまり持ちたくも使いたくもなかった携帯電話を、読んで字の如く忠実に実践するようになった。
つくづく思うのだが、人間というのは本当に不思議な生き物だ。自分の望むその世界に身を置くと、なんとか適応しようと努力してしまうのだから……
この俺さえも。

とりあえず10分程待った。

いい記念だ、迷子放送でもしてやるか……

そう思った時だった。
アイツのつけていた香水の、あの優しい香りが俺の鼻を捉えた。

「遅い……!」

そう言って振り返ったら、見ず知らずの奴がひどく驚いた顔で俺の顔を見ている。

「ぅ……あ……すっ、すみません」

人違いというのは結構恥ずかしいものだ。
知り合いだったならば、適当に笑ってはぐらかせばいいのかもしれない。
だけど全く知らないヤツだと……
俺は小さく頭を下げると、そのまま逃げるようにしてその場を後にした。

全く……
アイツはどこに行ったんだ……?

先ほどいた所とは正反対の、向かい合う形に位置するコートの一角に立った。
そこからは俺が先ほど恥ずかしい思いをしたあの場所もしっかりと見てとることができた。
思い出したくもないが。

ナンパ……
もしくは、誘拐?

拉致、監禁……

俺の思考はどんどん悪い方へと向かっていく。

確かにアイツはかっ、かわいいし、な……

やはり警察に、連絡すべきなのか……

そう思った時、またあの香水の香りが漂ってきた。
俺は期待半分不安半分で、俯いては悩む顔を持ち上げる。
すると、アイツが俺の目の前に立っていた。
ひどく不思議そうな顔をして。

「お前、今までどこに行っていた……!」

俺をこんなにも心配させやがって……

「え?ずっとこの辺りで設楽先輩を待ってましたけど……」

「はぁ?お前、向こうで待ってるって言ってたじゃないか!」

先ほどいたコートを指差し、俺は声を荒らげる。

「すみません、でも……」

でも、だと……?

「どうした、何か言いたいことでもあるのか?……まぁいい。素直に謝ったことだし、聞いてやらないこともない」

「えと……あの、先輩?先輩はあちらのお手洗いを利用されましたよね……」

「あぁ」

間違いない。
今いるコートと向こう側とを繋ぐ通路の、ちょうど中間に位置する手洗い場。
ここからそこへと続く通路右手には、バンビのぬいぐるみを飾った店舗があったのを俺ははっきりと覚えていたか……あ……

用を済ませた俺は、どうやら来た方の通路には戻らず、先ほど立っていた向かい側のあのコートへと続く道を進んでしまっていたらしい。
手洗い場から出て進む通路左手側には、確かにあのぬいぐるみを飾る店はなかった。

「……悪い」

「え?」

何が?といった疑問の色を目に浮かべ、俺を見つめるアイツ。

「このショッピングモールの造りが悪い!」


……なんてこともあったな。
俺は目を細めた。

その日の帰り、俺は同じ香水をつけた女がたくさんいたが……と話を切り出した。
アイツが言うには何でもここのブランドの香りが今、物凄く流行っている、とのことだった。

そして「パリ限定で発売している物」もあり、それが欲しいということも。

あ……

俺は足早にその店に入っていった。


「merci.」

難航していたプレゼント選びも無事、終了。
俺は満足げに店を出た。
右手にはアイツが話していたパリ限定品のあの香水。店員に、特別な人への贈り物だと話したら、香水のボトルにアイツの名前まで入れてもらえたのだ。
それを俺の好きな色、紫の紙袋に入れてもらい、綺麗にラッピングしてもらった。

「よしっ」

自然と出てしまう歓喜の声。そして小さなガッツポーズ。
そんな頭に今一番浮かぶのは、コレを嬉しそうに受け取ってくれるアイツの顔だった。
そうしたくはないのに、自然と顔が綻んでしまう。

そんな時だった。

「Excuse-zmoi,pouvez-vous m’indiquer le chemin pour aller à la gare?」

たどたどしいフランス語で「駅へはどう行けばいいか」と訊ねられた。
旅行者だろうか。
だが日本人である俺にそれを訊ねるのはお門違いではないだろうか
しかも駅なんてすぐそこに見えているのに。

なんだ、コイツ……?

不信感丸出しで、俺はソイツの顔を見る。
ソイツからもアイツと同じ香りがしてたのを、この時の俺は訝しさが勝り気がつかなかった。

「へ……?」

変な声が出てしまったのも仕方のないことだった。

「な、な、な、なっ、なんで、お前がここにいるっ!!!!!」

俺の目の前には、今しがたプレゼント選びで散々悩ませてくれたアイツの顔があった。

夢……?

こ、これは夢に違いない!

いや、狐かっ!!

そうだ!きっと俺は今、狐に化かされているんだ!!!

疑っては一人慌てる俺を余所に、目の前のアイツは

「先輩に会いたくて……来ちゃいました……」

そう言って悪戯に笑った。

……っ!
反則だろ……、それ……

落ち着きを取り戻し、まずはアイツの足元を見た。
確かに足もある。影も不自然じゃない。狐の尻尾もはえていない。

本物らしい……

「全く、礼儀のなってないヤツだな!来るならそうと連絡くらい寄こせよっ!」

礼儀よりも何よりも、俺の心の準備ができないから……

「すみません……」

「謝らなくてもいい!」

嬉しすぎるこの気持ちを悟られないように、俺はちょっと苛立ってるように見せかけた。
いつもそんな感じだから、こうしておけば普段どおりの俺に見えるような、そんな気がしたから。

でもダメだった。
アイツが側にいる、そう思うと止まらなかった。

アイツの手を引いて、小さな通りに入って。
アイツの顔を引き寄せ、アイツの唇に自分のを押し当てた。

久しぶりのアイツの感触だった……


不思議な気分だった。
この異国の地で、アイツが俺の隣を歩いている。

アパルトマンへと続く石畳。
いつもより……とは言っても、普段、この道を歩くことはあまりないが、何だかゴールが遠いような気さえする。

「そういえば、お前、どうやってここまで来た?連絡をくれれば空港まで迎えに行ったのに」

「それだと設楽先輩の驚きが半減しちゃいます……」

いや、十分驚かされたって……

目の前に突然お前が現れた衝撃で、俺の寿命は短くても10年は縮んだと思う

「それになんだ、あの微妙なフランス語は?」

「え、えーと、その……フランス語を専攻してて……」

「はぁ?聞いてないぞ、それ」

「すみません……設楽先輩を驚かせたくて、えっと、内緒にしてました……」

「そんなにフランス語を学びたいのなら、こっちに来ればいいだろうが?現地にいれば嫌でも覚える」

「そうなんですけど……」

無茶な誘いだとはわかっていた

「それにこの俺が、お前の専属コーチになってやる。どうだ……?」

「考えときます……あっ、ところで……先輩!」

「なんだ、急に?」

「その綺麗にラッピングされた袋……、誰かへのプレゼントですか?」

誰か……だと?
お前以外の誰にこんなものプレゼントするって言うんだよ?

「さぁな、当ててみろ」

「えっとご友人とか……?もしかして他に好き……」

何言ってるんだ
バカか、コイツ……

「ほら……」

「え?」

突然差し出されたプレゼントに、アイツはぽかんと口を開け、目をぱちくりさせながら俺を見ていた。
その面が何とも間抜けで、携帯の待ち受け画面にしようかと思ったくらいだった。

「お前に、だよ……」

「で、でも……私、こっちに来るなんて話てもないのに……」

「お前が来そうな気がしてたからな」

そんなわけない。
俺は超能力者でもないんだから

「え、でも……」

アイツは受け取るのを躊躇っていた。

「あーもう、つべこべうるさい!お前のだって言ってるんだ!黙って受け取れよ!」

「は、はい……!」

「ふん、初めっからそうやって素直に受け取ればいいだろうが」

以外と頑固なヤツだな……
俺はアイツに気づかれないよう心の中で笑う。

「ほら、開けてみろ」

「じゃあ早速失礼します……あ。もしかして……」

紙袋を開けながら、アイツは何か閃いたらしい。
俺の顔を見て、まさかの回答を求めてきた。

「誕生日プレゼント……なわけないですよね……あと三ヶ月も先だし……」

「あ、当たり前だろ!誰がそんな早くから選ぶんだよ!」

俺……です

「わぁっ!これ、欲しかったヤツです!」

アイツは俺が思い描いてた通りの反応を見せてくれた。
嬉しそうに目をキラキラさせて、香水のビンを眺めている。

「ありがとうございます、先輩!……あ、れ……?」

「どうした?」

「ここに、私の名前と……あの…… Bon anniversaire! ってありますけど……」

あ、あの店員、誕生日おめでとうなんて彫りやがったのか……!
コイツも……変に知識持ちやがって

「違う!会えて嬉しいですって彫ってあるんだ!」

我ながらなかなかにいい返しだと思う

「え?それだと Ça me fait plaisir de vous voir. のような……」

「うるさい!俄仕込みのお前と俺の語学力を一緒にするな!それともなにか?俺が嘘を言っているとでも言うのか?」

「そ、そうですよね、すみません……。ど、どうしよう。この前のテスト、間違えちゃった……」

あってるよ、それで……
でも、まぁ、その答案用紙が返ってくるまでは、勘違いしてろ

お前に会えて嬉しいのは事実なんだからな……

「また、一から選び直し……か」

「え?設楽先輩、何か言いました?」

「いや、なんでもない」

コイツの誕生日プレゼント選びは振り出しに戻ったらしい。
まぁ、こっちにいる間にいろいろと欲しいものを聞いて、また考えればいいか

まだ三ヶ月もあるし……な